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お休みどころ 2003年10月6日(月)

  9月14日の夜から大砲のような音が聞こえはじめました。はじめは、誰かが猟をしているのだろうか、あるいは、近くの町でイベントがあって花火でもあがっているのか。など考えていましたが、その後毎晩つづきました。夕方6時ごろから、朝は9時ごろまで、3〜5分ほどの間隔。突然の大きな音なので、からだにひびき、聖好さんは眠れなくなってしまいました。たまりかねて役場の石橋さん(以前ゴミ問題の折、知りあった。『お休みどころ2003年6月13日(金)』登場)に電話すると、米の収穫前の獣よけとのこと。対応は親身で、その夜は銃声も小さくなったようにおもえたのですが、気のせいでした。
 9月19日、再度石橋さんに電話することにしました。もし必要なら「上島が不整脈だ」と言ってほしいと聖好さんから頼まれたのですが、案の定、石橋さんは板ばさみになって困っておられ、「直接本人(銃声の主)に伝えるとあれなんで、側(がわ)からせめてみます」とのこと。そこで「突然の撃音を聞くと上島の脈が乱れる」と一応言ってみました。あまり期待していなかったのですが、なんとその夜から銃声がなくなりました。
 一週間後、近所のSさんと2人で歩いているとき、Mさんの田んぼのわきを通りました。「稲の刈り取りが早か。まだ青いのが混ざっとる」とSさんが言います。そのときは気にもとめなかったのですが、よく聞いてみると、役場からMさんのお兄さんに空砲を止めるよう連絡があったそうです。シカやイノシシが来ないうちにと、あわてて稲を刈りとった由。Mさんにはお休みどころの修理を依頼してひどい目に遭ったのですが、またも犯人はMさんだったのでした。とはいえ、田植えを僕も手伝わせてもらいましたし、Mさんの妻のFさんにはよく車で拾ってもらったり、お世話になっていますので、聖好さんの案で、翌日お菓子を持って侘びに行きました。
 それにしても、Sさんが事の顛末をつぶさに知っておられ、このあたりの情報伝達力には驚かされます。ただ、けっこうウソ情報も混じっているようで、聖好さんがあんま師とか、僕が剣道七段だとか真顔で尋ねられるとおかしくもあります。
 Sさんはここよりさらに山奥で生まれ育ち、中学校に三日しか行かず山師を続けてきた人で、なんでも自分でつくってしまう人です。僕が納屋で見つけた錆びついた鋸を使っているのを見かねて、鋸の研ぎ方を教えてくれました。鋸の刃は右向き左向き右向き左向き…と交互についていて、さらによく見ると右向きのものは右に、左向きのものは左に倒れていることがわかります。刃を倒すのは、木を切るときに鋸が木にはさみこまれてしまわないようにする工夫のようです。とにかく刃の研ぎ方と角度のつけ方が鋸の命で、これ次第で切れ方が決まってしまうそうです。鋸で山仕事をしていたときは、毎日目立て(刃を研いだり倒す角度を調整したりすること)をしたと聞きました。
研ぎ方
 お休みどころの北に梅と柚子(ゆず)の木がありますが、檜(ひのき)の木の影にあるので実はならないだろうと聞いていました。大家さんも実のなる木を優先することを望んでおられたので、この檜はいつか切れたらと聖好さんと話していましたが、研ぎ方を教わったのを機に、チャレンジしてみることにしました。僕自身はSさんの助手をしながら切ろうとおもっていたのですが、なりゆき上、自分で切ることになってしまいました。檜の木のまわりには家や小屋、他の木などあり、倒したい方向に倒れてくれないとかなり困る状況でした。聖好さんが、お神酒(みき)を奉げてくれ、そのあとまわりの茶の木などを整理して伐りにかかりましたが、なかなか鋸も進みませんでした。万が一家の方に倒れたらどうしようと思いずっと緊張しっぱなしです。休憩しながらかなり時間をかけてどうにかこうにか、倒すことができました。檜の高さは10m以上あり、膝の高さで直径が21cmほどでした。
切り方
方向
 井本伸廣先生からいただいた『山に暮らす』という本のなかに、木を倒したあとには新生を祈って、切り口に若芽をさすとあります。聖好さんが茶の木の若芽をつんできてくれました。この本の中に「木を伐る瞬間は気分のいいものではないな。生命ある木を伐ることは罪深いことだ。…が、山を守るために木を伐ることもある」という山師の言葉が紹介されていますが、自分自身がヒヤッとするおもいをすると、一層身にしみます。
木
 Sさんから教わったことのもうひとつに、いろり(このあたりでは地炉(じろ)と言う)の使い方があります。東の部屋にあるいろりは炉の壁(セメントと土)がこわれ、床下と風が行き来している状態でした。聖好さんは粘土で修理してみようとおもいついたのですが、森山さんに教えてもらって粘土の採取場所(家から100m。大家さんの山肌)がわかり、納屋の古藁を2cmほどに切って練り、ぬることができたのでした。ただ、粘土が乾くうちに縮んで、いまではヒビだらけ、本来は藁をまぜてから1ヶ月ほどおき、発酵させてからぬるそうです。
いろり
 Sさんからは自在鉤もいただきました。彼は物づくりが好きで、いろりはないのに3つも飾り用の自在鉤をつくったのでした。ひとつ分けていただけませんかとおねがいすると、飾り用では重い鍋をかけるには弱いので、といって頑丈なものをつくってくれました。
 東の部屋のいろりで小枝を焚いてみると、やはり天井板がはってあるので部屋に煙がたちこめます。Sさんからじょうご形に天井をあけている人がいると聞いたこともあり、天井の一角をはがしてみました。(この天井はベニヤ板でできたペラペラのもので、手ではがせます。)一角をはいでも排煙がさして変わらないので、もうすこしはいでダンボールでふたをつくろうとしたのですが、実際置いてみるとふたもうまくはまらない。聖好さんがダンボールにきれいに切り貼りしてくれた和紙もビリビリになってしまいました。そうこうしているうちに、天井をみんなはぐことにしました。そして、引きはがしにかかっているあいだ、天井裏に積もった何十年分かの埃が、畳の上に落ちました。屋根裏から冷たい風はくるし、ススは舞うしで悲惨なことになりました。
 もう手に負えないということで、北御門さんの近所に住む大工さん(阿部雅弘さん49才)に来てもらいました。意外にも大工さんの提案は、屋根裏のそうじをし、すき間うめをして、天井は開けたままでどうか、というものでした。ブルーシートでほこりが部屋に落ちないようにし、天井裏のそうじにかかります。冬がもう来ますが、この状況はどうにかなるのでしょうか。ま、やってみます。
            興野康也

 五月一日、山に上ってしばらくすると猛烈に右腰と右足がしびれたようになってきました。引越で疲れたのでしょう。ここ十年程、月一回論楽社ではヨガの先生に来てもらい、ヨガ教室を開いていたこともあり、毎日少しは体をほぐすようにはしておりましたが、痛みはなかなかがんこ。梅雨と重なり、湿気に弱い私は小さな発熱が続きました。見かねて、興野さんが「野口体操」を教えてくれました。実際彼は野口体操を本でしか知らないのですから「野口体操」というより「興野体操」といった方がいいのでしょう。
 ゆっくりとからだを揺すっていると、いままで固くてなかなか開かなかった股関節もしだいにやわらかくなってきました。
 そうして痛みもやわらぎ、草ひきも楽にできるようになりました。
 が、「ノミ騒ぎ」で外に出(られ)ない日々がやってきます。
 しかし、自然というのは、まかふしぎ。
 八月の二十日ころからふっつりとノミは姿を消し、最後に足にくっついたのが九月十日。「お休みどころからの手紙の中からノミがとびだした」ときいたのがウソのよう。
 夏を経て、私たちはこの地に落ち着いたようです。
 「落ち着く」とは「落ちて着く」。(『野口体操 感覚こそ力』羽鳥操著、春秋社)「地球に生きるものの動きは落ちて着くことが基本」だそうです。
 「重さによって地球と一体化する他に、究極の強さも安らかさもありえないと、僕は考えています。『したたか』を大事にしたいんです。したたかは、決して否定用語ではありません。したたかとは、『下が確か』のことなんです。土台をしっかり感じ取っている。地に足がついていることなんです。『確か』とは『手+然り』です。自分の実感で納得していることなんです。『したたか』とは、地球との一体化によって生まれる強さ安らかさのことを言うんです。」(同上)
 さて、ヒノキを伐り、ずいぶんとしたたかになったかにみえたおきのさん。あるとき、「天井のベニヤ板を一枚はがしていいですか。」「いいよ。どうせヘニャヘニャの板だもの。」と私。
 次の日、「一枚では煙は上にはゆかないようです。もう一枚いいですか。」
 ずいぶんゴミが天井から降ってきましたが、がまんしました。ベニヤ板二枚分のダンボールを集め、それに和紙をはり、「これで茶室のようだ」とうれしくて、「このダンボールで二枚はいだ場所をおおってちょうだい」と託しました。しばらくして見にゆくと、はりつけた和紙はぼろぼろにひきさけ、天井からダラーとうらめしげにたれさがっておりました。ゴミはさらに落ちておりましたが、もう夕方。夕飯の仕度もあるのでいそいで片付け、「あしたはこのダンボールを裏返しにして天井においてちょうだい。破れた和紙などみたくもない」といいました。
 次の日、彼はいつものように上機嫌で、屋根裏に上ってゆきました。
 ガラガラ。カッーシャン。ピシーン。すごい音がしましたが、私は洗濯物をとりこんだりふとんをしまったりしておりました。
 「できました。」とおきのさん。軽やかに。
 いそいで見にゆきました。どきどきしながら
 青畳−毎日畳をふきそうじ−の上には、ひしゃげたベニヤ板。黒い土。トックリバチの巣。畳なんてそもそもどこにあるのか、見えません。
 すすだらけの梁がはるか上の方にみえました。
 「これできれいになりました。すっきりしましたね。」とおきのさん。
 私は言葉をなくし、おもわず「ビールをとってちょうだい」とカンビール一本のみほしました。
 この惨劇。芝居の書割のようにあっけなく
 次の朝、「ほら見て下さい。映画のビームのようです。」天井がなくなり、屋根裏から赤く洩れ来る光の帯を指して、おきのさん。
 そうかもしれない。この世は映画。天国座。
 きっと、うまく、ゆくだろう。    
            上島聖好

お休みどころ | 2003年のお休みどころ | 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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