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お休みどころ 2003年9月10日(水)

 9月3日からかまどを使いはじめました。いろんな人からすすめられていたのですが、やっと。やはりなかなかうまくいきませんでした。煙突のほうに煙がいかず、火がなかなかつきません。調べてみるとコケがびっしりつまっていました。開通しても煙が出ません。煙突には長さと角度が重要と北御門すすぐさんから聞いていましたので、1メートル半ほどでは短いとおもい、その先に捨ててあった雨どいをつぎ足しました。結局いまだに煙突はあるやなしやの状態ですが、それもいいことがわかってきました。この家は土間の天井がなく、煙が屋根裏から外へと逃げていってくれるのです。家の中が煤でよごれるのではと心配しましたが、そもそも柱も壁板も真っ黒ですので大丈夫。それどころか、蚊除けのためにいぶしているカヤの煙が屋根裏にいってくれるほうがありがたいとおもうようになりました。
 はじめは2つあるかまどの片方でお湯をわかし、おみそ汁とコーヒーに使うだけだったのですが、興味がわいてごはんもかまどで炊いてみることにしました。釜は聖好さんが持ってきてくれた羽釜(はがま)があります。炊き方を大家さんや近所の人、北御門さんに尋ねたのですが、要するに高温でしっかり炊きこんで、かつ、こげつかないことがポイントのようです。かまどでは強い火をつくることがポイントのようです。かまどでは強い火をつくることはやさしいのですが、はじめ弱い火からだんだん強めていくのがむつかしい。あとは火をひいて熾火(おきび)でむらすタイミングにもコツがあるようです。ベチャベチャごはんになったり、パサパサごはんになったりしました。
 ところが、郵便を配達してくれる金崎三重子さんにかまどの使い方を教えてもらったとき、僕たちの使っている羽釜は15合ほど炊ける大きさで、3合半炊くには大きすぎることがわかりました。そのとき聖好さんがセラミック土鍋のことをおもいだしてくれました。今朝から使い始めてみたのですが、土鍋はゆっくり熱を吸ってゆっくり吐き出してくれるようで、細かい火加減は必要ないようです。今日は鍋から湯気が立って3分ほどで熾火にしましたが、やや炊きこみすぎ。それでもお赤飯のようなもっちりしたごはんが炊けました。明日からも試してみます。
 このあたりにガスが来たのは40年ほど前のことで、それまではたき木と炭で生活していたようです。金崎さんの場合、小学生のときからごはんを炊いていたのですから、山の暮らしでは子どもも重要な働き手だったのですね。畑作りやまき割り、かまどの使い方など小さい時身につけた暮らしの基本がいまも生きているのはすごいとおもいました。(上島注:躾(しつけ)という字をおもいだしました。)
 納屋にあった火消壷(ひけしつぼ)という陶器のつぼも使いはじめました。燃えさしを消壷の中にいれて炭にして、七厘(しちりん)などで使っていたそうです。消壷のふたは割れていましたが、捨てられていたガラスの鍋蓋を聖好さんが塩梅(あんばい)してくれました。物がないときに、家のまわりを探して見つけてくる。これはここ平谷に住む楽しみのひとつです。
 汲み取りも始めてみました。バキュームカーに来てもらうには予約が必要で、おまけに月3000円近くかかるからです。始めてみてわかったのは、意外とかんたんな作業だということでした。捨てられていたプラスチックの洗面器とひしゃくを使ってくみ出し、刈草の山の上にかけています。聖好さんが毎日米のとぎ汁でEM菌(糞尿を肥料に変える微生物群。市販されている)を培養し、トイレに入れていますので、においもそれほどきつくありません。晴れた日にタライ4杯ほど汲み、いまではマンホールが空に近くなりました。このマンホールは安手のプラスチック製のせいか、入りくんだつくりをしていて、底のほうにヘドロのように便がたまっています。こういうことはやってみてはじめてわかりました。
 聖好さんが家の北の草刈りをしているとセメントの池(110×80×30cm)が出てきました。以前大家さんがつかまえたイノシシ(多い年は年に100頭)を洗ったところだそうです。家の外に水道があればと前からおもっていたので、助かりました。外仕事の道具やくみとりのひしゃくなども洗えます。あわてて掃除し、池の中にあった切り株や石や泥などを出したのですが、この池はカエルやトンボの住みかになっていたようです。なので、カエルさんが居ついてくれるよう、水をはり、石なども戻しました。池から水がもるので10cmしか水がたまりません。でも、その深さがかえってよかったようで、5、6匹が池の中にいることもありました。(上島注:トノサマガエルが多い。)
 ノミは落ちついてきたのですが、蚊、アブ、そしてダニも出てきました。ここ数日、カヤ刈りなどをすると、赤茶色の1mmほどのダニが星空のようについてきます。かなり困らせられたのがトックリバチです。人は刺さないのですが、鴨居(かもい)や押入れの奥などに泥の巣をつくります。窓ガラスに泥をつけたり、羽音がうるさかったり。巣はなかなか見つからないので、妙な羽音だけがしょっちゅうします(上島注:怪談のユーレイみたいな不気味な音)。当初はコピー機が故障した音だろうとか、虫の鳴き声だろうとか言っていたのですが、このハチでした。仕事机のそばに来たときなど、聖好さんが掃除機で吸うのですが、数がすごい。さらにアブ、ハエ、なども掃除機で吸いとるため、掃除機はいつも用意してあります(上島注:本で学んだ「退治」法)。
 トックリバチの巣をたまたま見つけたことがありました。勉強机(上島注:大家さんがおいていった机で、二つ取っ手がとれています)のひき出しの取っ手を修理していたら、ひき出しのうしろに巣が9個並んでいたのです。あけてみると、泥のつぼの中に茶色のパラフィン状のさやがあり、その中に大きくなったハチの幼虫がいました。2つの巣には幼虫がいず、ハエトリグモが7匹ずつつまっていました。このごろクモさんが減ったと聖好さんが言っていたのですが、このハチの仕業のようです。ですがトックリバチの巣はきれいな粘土でヒビもなくできています。この巣を集めたら、質のいい粘土になるかも。といった妄想にもかられます。

〔今週のお休みどころの出来事〕
9/3 聖好さん草刈り。薬草のイノコズチ(通経、浄血、利尿)の根4本、ゲンノショウコ(整腸、しもやけ、あせも)の地上部17本、赤シソ1本をとる。イノコズチの根は煎じるとゴボウのような味、ゲンノショウコは苦い。
 干したタケノコにもカビが生える。乾物、根菜類を聖好さん干しあげる。
 北御門さんにいただいた秋ジャガの種イモ10個を植える。
9/4 南の廂(ひさし)にひもをたらし、物を吊れるようにする。
 家のまわりや床下から出てくる木の芽(チャ、マンリョウ、クスノキなど)を北のスギ林に植える。スギ林のそこここからチャやウツギなどが出ている。
 たんすの下にもカビが生えるので、家具の足台をつくる。1m半ほどの8cm角の木材を16等分する。
9/5 犬小屋跡(大家さんがイノシシ狩りの猟犬を飼っていた)をたき木小屋にしていく。納屋の屋根にかかったクヌギの枝払い。
9/6 土間の水屋(みずや)と冷蔵庫の場所をいれかえる。以前は水屋にはカビと白アリ、冷蔵庫には西日という状態だった。
9/7 数週前までカヤが生え放題だった隣のおばあさん(ミツ子さん)の畑にヒガンバナが多数咲き、クロアゲハ3匹が舞っている。これを見て、すこしずつでもカヤを刈ろうと聖好さん決意。
 赤い小さなダニが多数つく。ニンニクスプレー(油にニンニクを漬けこみ、石けん液で10倍希釈)をためすが、殺すには至らない。このダニ除け液が、敷居のすべりをよくしたり、木のつやを増すことを聖好さんが発見。
9/8 梅干しにもカビ。かまど整備。ヒビを小石でふさぐ。
9/9 ホウセンカの群落、アケビ、赤シソ群落見つける。倒木のかげのジメジメしたところに赤シソは生えている。そういえば、草を取った前庭の赤シソは元気がなかった。湿気を好むよう。
             興野康也

 「盆過ぎに人に頼んでカヤを刈ってもらえば、もうあんまり生えて来んでよかァ」とお隣りのミツ子さんは言っていましたが、八月末までにはうちと同じ程みごとに風にゆられていたカヤも、きちんと刈られていました。刈りあとも茶色に変わったころ、前日に「モニュメント」近くのカヤの中からみつけたネジバナ一輪うれしくて、朝露踏んで見に行きました。と、おもわず、息をのむ美しさ。ミツ子さんの畑のここそこに、茶色の刈り跡から、ヒガンバナがむくむくと、咲いているのです。花火野いちめん。クロアゲハが二羽ひとつの花の両端にシーソーのように止まって、蜜を吸っているのです。「倒木更新」。いのちを待っていたいのちたちの群れに、目をみはりました。ゆっくりとでいい、お休みどころのカヤも刈ってゆこう。次のいのちをみたいものだ。花でいっぱいになったら、いいな。ここの土たちが選ぶ山野草でみちたらうれしいな。
 いまは「害虫」だらけの「恐怖どころ」だけど、いつかは自然に、雑草薬草園になるだろう。
 いまここに生えている薬草を調べてみました。フキ。カラスビシャク。ヨモギ。オオバコ。イノコズチ。キンミズヒキ。クチナシ。クズ。ゲンノショウコ。サンショウ。ジャノヒゲ。ユキノシタ。スイカズラ。ドクダミ。ハコベ。タンポポ。ヌルデ。モモ。ホウセンカ。カナムグラ。アカネ。スギナ。
 草刈りのとき、よく出会う大型の草ベニバナボロギク。『おばあさんの植物図鑑―椎葉の山里で』(文・斉藤正美、語り・椎葉久美子、葦書房)の中で、「ゆでて食べると菊菜のよう」と出てきます。
 きのう、じっさい食してみました。おいしいとはいえませんが、まずくもない。
 さて、私たちはこんなことをして一体、何をしようとしているのか。
 お金というものに依存しない暮らし。単純な生活実験。
 好奇心の行く先をもう少し見てみようとおもいます。
 そうそう、きょうおもしろいことがありました。
 正午すぎ、軽トラックが止まり、小柄な人がひょこひょこと歩いてきます。「肥後造園」とネームの入った作業着。先住人の伯父さんだそう。「不土野峠に測量に行った帰り、なつかしくて、ふいに寄ってみました。わたしの妹の子どもが以前ここに住んでいたときに二度ほど訪ねてきました。クルマがないので、お留守かなとおもいましたが、洗濯物が干してあったので。クルマがない!? そうですかあ。」とおずおずと名刺をさしだしながらその人は、にっこりと。豊永さんという人は、大腸がんを得たあとなので、真夏の草取り仕事は一時間ごとに休み休みやるという。仕事柄大工仕事もやり、十畳の部屋を自分で建てたという。その正直な話っぷりに、白アリにくわれた柱を見てもらうと、図面をきちんとひいて塩梅すれば一人でも修理できるという。来年の三月には仕事を辞める由。「そのときは相談にのってください。」と話したのでした。私たちは先住人の残したゴミに往生しましたが、こういうこともあるのかと、ふしぎな心地。
             上島聖好
お休みどころ | 2003年のお休みどころ | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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