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お休みどころ 2005年12月12日 日曜日

 お休みどころに雪が降っています。きょう、大工さんの阿部ちゃん、浦松さんが、新しい薪ストーブを中之間の囲炉裏の上に設置してくれます。週4日は興野はいません。グレッグさんは19日に一時帰国。冬ははじめての「一人暮らし」。冬構えのストーブです。雪の今夜は、きっとあたたかな火入れとなるでしょう。
 12/3〜12/8 、仙台、山形の旅をしてまいりました。
 グレッグさんが宮田光雄先生の『権威と服従』という本の翻訳をすることになりました。近代日本キリスト教史を専門にしているグレッグさんをおいて他に適う人はいないでしょう。宮田先生との出会いもふしぎ。故安江良介さん、故今谷千歳さん(宮田婦人の通子さんの叔母上)、ゴーバル(無添加ハムづくり、アジア農場)、富樫貞夫さん、いろいろな人が宮田世界に案内してくれました。「老賢者」の花園に。
 12/3。福岡の弟宅で一泊。お休みどころから出てきた二人と鹿児島からのおきのさんが合流。仙台までの便は福岡空港のみ。そしてこの日は、「特割の日」。
 12/4。仙台に午前中に着き、駅前の「無印良品」にノートを買いに入りますと、目の前に「姿見」がでんとあります。「姿見を京都から持って来なさい。あなたはたましいをおいてきている。」洋子さんから怒られました。が、京都は京都。もうひとつのふるさと。
 洋子さんの言とはいえ、早々に実行できません。それならば。心においておりました。そしたら出会った。つつしんでいただきます。買うことにしました。
 そうして、宮田先生の聖書研究会に参加しました。
 宮田先生、通子さんの誇らかに明るいこと。
 「できることは、笑うことしかないじゃありませんか。」
 通子さんのこどものような声と笑みに、ハッとしました。30年にわたって、一麦寮という学生たちとの営みの場を自宅横に建て、学生さんたちの食事からたましいの世話までこまやかにしつづけた人の明るさです。おなじ明るさを山形の斎藤たきちさんと幸子さんも持っておられるのでした。
 と、ここまで書いたとき、浦松さんと阿部さんが隣りの部屋でとんとんとん。ストーブをしつらえるため、天井に煙突穴をほがしています。グレッグさんが助手。二人のていねいな仕事に見ほれています。「浦松さんはすごいです。まかせてください。」と、グレッグさん。
 外は雪。山形の寒さもこんなふう。
 たきちさんに、近くの温泉につれていってもらいました。
 仙山線をてくてくと走る列車を追いかけて、上の方に銀のお日さまがかがよっておりました。「山寺駅」。こころひかれる名と大岩そびえる山の風情に、あとできくと、芭蕉縁の寺の由。山と雪と日。温泉から上ったときには、銀の三日月。十年ぶりの山形。「行ってらっしゃい」と幸子さんに送り出してもらって。このたびも「行ってらっしゃい。」会いたいひとに出会いたい。願うのはいま、そのことばかり。
 12/5。仙台から山形に発つ午前中、楢木祐司さんに会う予定でした。が、できません。仙台は楢木さんのふるさと。東京から父上の見舞いに来るはずが、父上が亡くなられたのでした。急きょ、お悔やみを書きました。
 こういう出会いもあるのだ。祈りを捧げます。
 かつて北御門ヨモさん(二郎さんのつれあい)は、お休みどころ三人を見て、「よう似とんなはある。親子のごたる。息子さんの目のあたりがおとうさんにそっくり」といいました。
(上島聖好)

 今、雪の積もっているお休みどころの風景を初めてみていてうれしい。が、もう再出発になった。雪じゃなかったら、2キロ下の不動明王さんに挨拶しに行こうと思っていた。アメリカ詩人のスナイダーさん(阿部ちゃんの親友の昔からの友人)は不動明王さんは熊崇拝の続きだろうと書いたが、ここのも大きな岩の下から世を見てくれる。ここの古さを感じている。
 仙台で宮田聖研に参加させてもらってよかった。来年三月、そろそろ終了という話もあるので、今生きている使徒行伝と出会って勇気をいただいた。真面目で笑いが元気の先生の仕事を少しでもここで続きになるように祈っている。そして聖好さんは冬を越えて、春を迎えるように。
(グレゴリー・ヴァンダービルト)

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 雪が降っています。屋根から立ちのぼる薪ストーブの煙。外から眺めると、嵐を行く船のようです。
 さっそく薪の心配。2週間分の貯えもありません。グレッグさんの家で「シルバー」さんに頼むことになりそうです。(「シルバー」とは村の老人に仕事をお願いする制度です。時給800円)
2
「火を入れないと…」
火は「船」の「食料」です。
3

たきちさんのりんごの源泉を見てうれしかった。「農民」から「百姓」―百の姓を司る誇りたかい土の人―に生きることを選んだたきちさん。その生は『北の百姓記』に描かれている。「おれは最後の百姓になるかもしれない」と、たきちさん。
4

富神山(とがみやま)は見ている。りんごの、ぷらむの、さくらんぼの、花のよろこび。
5

東北芸工大には能舞台がありました。
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兄弟姉妹の家(Bruder Haus)
イシガ・オサム。この人の名が宮田先生の口から出てきて、びっくり。
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「パウロはひとかかえの柴をたばねて火にくべたところ、熱気のためにまむしが出てきて、彼の手にかみついた。」(使徒行伝 28.3)
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12月19日、グレッグさんはアメリカへ。

そのまえに、グレッグさんと聖好さんは東大寺戒壇院の広目天・、多聞天をみてきます。
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「聖好さんは飴色のミイラになっている。その脇に従う仏像2体。それが戒壇院の広目天・多聞天とそっくりなのです。“あなたは誰ですか”わたしが心の中でたずねると、その仏様はこたえる。F。と。Fは、ファミリーのFかもしれない。見にゆきなさい。」林洋子さんの夢のお告げ。お休みどころは、「F」に出会う旅を続ける船。
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神聖家族とは?

ああ。もっとも深い、おくのおくのところで出会いたい。われらが、「F」よ。
お休みどころ | 2005年のお休みどころ | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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