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お休みどころ 2005年11月1日 月曜日

 いまから林洋子さんを「白水」(しらみず)へ訪れます。青空の下、すてきなランチタイム。おにぎり、美瑛子パンを持ってゆきます。てくてくと3人で「白水」まで歩いてゆきます。行きは40分、帰りは50分程でしょうか。日常的に歩かねばならなかったのにいまようやくそれができました。こんなかんたんなことができなかったのは、心のさえぎりがあったのでしょう。
 わが足で歩く。立つ。どんなところにも。全身、足の裏。洋子さんの奉納公演の前、「白水」(民宿)のある古屋敷地区30軒、グレッグさんと2人、チラシをもって一軒一軒訪ねました。「ハナ子さんの奉納公演です。よろしくお願いします」と2人で頭を下げました。この地区は以前―1960年半ば―は水上村で一番栄えたところでした。椎葉村との材木道の中継地点。お隣のケサヨシさんの小さいころなど馬が何百頭もお尻とお尻をむかいあわせにつながれていて、その間を馬にけられないように歩いていたそうです。そろりそろりと。その地区がいまはすっかりさびれています。大家さんのハナ子さんはこの5/24に83歳の自死。唯一の商店もこの春に店閉まい。軒先に美しい小鳥が小さなかごの中に飼われております。家に帰って名前を調べてみましたが、のっていません。羽の抜け、いらいらとかごを右に左に動く小鳥がせつなくて、せめて名前を知ってみようとおもうのですが、ないのです。後日、それだけを知りたくてたずねました。「チョウセンウグイスといいよっとですよ。きれいか声でなきますと、ほんにきれいかですよ。」小鳥のように黒い目をして、背の丸いお店の人は教えてくれました。ハナ子さんはそこでよく買物をしておりました。
 「このパンにはチーズが合う。チーズが食べたい」と洋子さん。商店はなし、郵便局には、むろん、チーズなどなし。(古屋敷郵便局には局長夫婦と吉田さんという若い局員さんの3人です。洋子さんのラヂオ深夜便をたまたまきいた局長さんは、お休みどころ奉納公演に鍋ごとぜんざい持参で来訪。)チーズ、チーズ。とおもっていると、「白水」のおかみさんがいまから買い物に行くので留守をお願いしますといいにきます。渡りに船。「どんなのがよかですか。」とおかみさん「ふつうのプロセスチーズで、カットしてあるものがいいです。」と洋子さん。おかみさんが行ったあと、洋子さんはいいます。「あれやこれや、たとえばクリームチーズといってもないでしょ。」
 私はほうっと感心しました。条件の中で最も快いものを選ぶその素早い智恵に。きたえあげた漁(猟)師のごとく。「おのれが選択して生きること。それがいのちのふしぎ。」と洋子さんはいいます。その日の夕食会での団らんのときに。きのうもきょうも、いそこさんはヘルパーの仕事の帰りに、「白水」の洋子さんをクルマで拾ってきてくれるのでした。
 「何かを選ぶことは何かを捨てることではないですか。」ときくと、「それはそうです。けど、捨てるというような悲愴感はない。あれもこれもということは多分できない。」と洋子さん。「お先真暗とかないんですか。」と興野がきけば、「あります。」ときっぱり。「『雁の童子』にあるように、水は流れる、ということを信じるんです。あたふたしないでじっと淵にひっかかっているんです。そこであたふたして、ダメだとおもったら淵の中にひきこまれてしまう。その中でできることをやるんです。どれだけ耐えられるか、です。3年でも5年でも耐えます。自我などちっぽけなもんですよ。」
 「流れない淵に入りこんだとき、どうやって耐えられるか。いちばん真価が問われるときです。いのちは自我より、もっとつよいもんです。いのちは、平等に与えられていて、善も悪も、もっています。
 自分だけで自分のいのちの善を発見できるものではないんでしょうね。出会った人たちによって、発見されるのでしょう。」
 「いちょう」の「おっかさん」の語りに、小さな「実」たちは、ききほれる。
(上島聖好)

 
 洋子さんの開く空間はとても不思議なのです。ツアー中、僕は照明係にさせてもらっています。子どもごろから劇に参加したかったがすごく緊張しています。小十郎が熊と会うとき光を強くしたり、最後に洋子さんが琵琶でツル――とするとフェードアウトしたりするぐらいの仕事ですが面白い。お休みどころの公演のあと、郵便局の西さんのお姉さんは「弾かせて下さい。」と洋子さんにたのみました。(山田小学校の2年生の何人もそうでした。)そのときも、洋子さんは「ライトつけて下さい!」と言いました。舞台から(ステージでも、学問でも)ではないからこそ面白いです。
 洋子さんにとってインド体験はとても大きいのです。とくに、ベンガル(来年行くバングラデシュを含めて)の人たちの人懐こさが好きだそうです。本質を捨てない近代を探しに行ったそうでした。インドに永住せずに賢治さんの仕事してきました。「クーボーもインドへ」と洋子さんがすすめてくれました。
(グレゴリー・ヴァンダービルト)


10月30日お休みどころ 奉納公演
1
出席者49人。地元の人が多くて、よろこびました。ハナ子さんに、捧げます。
聖好さん 司会、 グレッグさん スポットライト、 田嶋順子さん PR、草刈り、調理ほか、 阿部勤子さん PR、物品販売、 吉岡潤さん カメラ、控室扉の開閉、 野中桂子さん 調理、 田中澄子さん 調理、 興野さん 受付、
その他、多くの方のお助けで林洋子公演が実現しました。
ありがとうございます。

2
 去年、吊り橋から身を投げた北九州の女性にも、捧げます。

3
 「白水」の大将が、帰りぎわに言いました。「芸というか、芸術というか夢のようじゃった。半分くらいわからんかったけど、えらい友重さん(ハナ子さんのつれあい)に似た話だなとおもうた。猟師だったけんなあ。天国でよろこびなっと。せめてもう1年前にハナ子さんがこれを見なったら、ああいうことにならんかったかもしれん。きっとよろこんでおらるっじゃろ。」ありがとうございました。

 洋子さんは名付けがうまい。阿部ちゃんは、ホピ。グレオは、クーボー。オキノは博士。2人あわせてクーボー博士。いそこさんはくちなしの花。「聖好さん、『くちなしとホピ』なんて書かない? ヨモさんの伝記も読みたい。」洋子さんは、オソロシイ。

4
クラムボンの会グッズ。カニさんのベル。響け、ひびけ、ひびきあう。

 声はのどで出すものじゃない。手の先から足の先から全部血がかよってて、全部にひびかせて出す。(林洋子さん、2005.10.30)

 地もよろこんだのか、「なめとこ山の熊」のとき、鹿は3回、ひゅーんと鳴きました。

 「やらねばならない。これはせいぜいつづいて三年。やりたいから、やる。行きたいから行く。」「1971年に上村智子ちゃんのおらび声をきいた。そして、宮沢賢治さんに出会った。感謝です。」
 満天の星空の下にたたずんで、洋子さんは語ります。「おお、チビや、チビ。大好きよ。」チビはなでてもらって、ごきげんです。
(上島聖好)

われらに要るものは 銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である
(宮沢賢治)

30日に来てくれた人は「なめとこ山の小十郎はこの家の友重さんと似ていましたよ。」と。毎年、猪、鹿200頭を取った上手な猟師だったと皆が言います。今回の供養は人間も動物も両方の魂のためだったと思う。
お休みどころ | 2005年のお休みどころ | 18:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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