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お休みどころ 2005年8月30日 火曜日

 病院勤務の中で目に見えないエネルギーをとられている。そう神田橋條治さんに言うと、神田橋さんは「誰でもいっときはそうなるんだ。そこから本来の自分を取りもどしていくんだ」とおっしゃいました。本来の自分って何だ?
 僕が熱心になる患者さんには、人間不信をもった方が多いと気づきました。ですので、こちらにとっては嫌な感じがしたり、なんくせをつけられたりすることが多いのです。そこを粘って気もちを探っていくと、どこか一点共感の回路ができる。そういうものに僕は憧れているのだと気がつきました。人間どうせわかりあえないんだというあきらめが僕にもあります。共感の回路をみいだすとき、僕の中のあきらめも同時に癒されるようです。
 神田橋さんと出会い、伊敷病院で働くうち、僕はもっともっといろんな人と心を通わせてみたいとおもうようになりました。人間と出会いたい。そういう気もちがふつふつと湧いてくるのです。神田橋さんは僕の中のニヒルな気もちを癒してくださったとおもっています。
 ですので、9月10日(土)、11日(日)に第一回お休み講座の講師として神田橋さんをお招きできることは大きなよろこびです。10日は夕食会、11日は村長さんあいさつと神田橋さんのお話、質疑応答、昼食会です。みなさんこぞってご参加ください。(興野)

 8月2日、水俣学セミナーでカナダ先住民のアンソニー・ヘンリーさんの話をきいた。カリブ族でカミナリという名をもっている。追いはらわれた土地に水俣病がもたらされただけでなはなく、いま、保護区のまわりは森林伐採にあっているという。「森が伐られ、倒され、バリケードをはって守っていても、いずれ自分たちの居住区は切り取られた島になってしまう」と彼は訴える。われらの顔に似た、威風堂々たるチーフである。心を残しながら去った水俣。1975年以来、30年ぶりに訪れたと感無量であった。
 「犠牲を払ってやってきました。発つ2日前16歳の少年が自死。長老はアルコール依存症からくる肝硬変で亡くなりました。以前は、若者は長老に悩みを相談するということが行われていましたが、いまはカウンセラーにとってかわりました。」
 強制移住がもたらした共同体の変容について、おきのが質問。アンソニーさんは苦しげにそう答えた。
 私はおもう。切りとられた島の底の底では、つながっていることを。孤島は、もやい直されるのを待っている光の船であることを。こことそこ、はるか遠くから眺むれば、私たちはつながって、生きている。

 つながっているのだ、モンセラートに。お休みどころ。
 スペインのモンセラートにある大修道院を訪れた時のことです、とダライ・ラマ14世はいう。
 「私はそこで1人のベネディクト会修道士に会いました。その方は私に会うためにだけ、そこに来てくれていたのです。彼は私よりもずっと英語ができなかったので、私は意を強くして話しかけました。昼食のあと、しばらく二人だけで話し、この修道士が修道院の裏山で何年間か過ごしたことを知りました。一人きりのその長い年月、どんな黙想をしていたのかをたずねますと、彼の答えはたったの3語でした。『愛、愛、愛』。なんとすばらしいではありませんか。彼だって、時には眠ったと思いますよ。でも、その長い年月の間じゅう、その修道士はただ愛についてだけ、瞑想していたのです。しかも、言葉についてだけ黙想していたのではありません。彼の目を見つめた時、私はそこに非常に深い精神性と愛を見ました。」(『ダライ・ラマ、イエスを語る』ダライ・ラマ、中沢新一訳)

 林洋子さんの公演依頼に、このお盆は、熊本、阿蘇に出かけました。8月14日、出発。その日、富樫貞夫さんがふいに口にされたことがきっかけで、『わたしの季節』という映画を観ることができました。この1月、才津原さんから紹介され、ずっと観たかった映画。すると、映画上映会の受付に、私の高校時代の英語の先生が立っている。実行委員長なのです。『わたしの季節』のみなもととなった故江口和憲さんは、私の高校の先輩、そして同志社(これも同じ)、かてて加えて水俣出身なのでした。

 映画には緒方正人さんと出会わせて下さった人もでていて、魂消ました。

 11月3日、林洋子さんの、水俣公演決定。ちょうどその日は洋子さんの誕生日。

 カザルスはこう書く。「私の生涯で最も長く続くことになった深い友情を結んだのは、バルセロナで教師をしていた時期(20代そこそこ)だった。私はモンセラートの修道院の修道士たちと知り合いになった。…この修道院は私のもう1つの故郷になった。この修道院は世界で最も驚くべき僧院の1つである。モンセラート、すなわち鋸の歯状の山というのは、僧院が建てられている山の形に由来している。峨々たる峰が、巨大な大聖堂の尖塔のように空に突き出ているのだ。これほど荘厳で、人の心を奮い立たせる山を私は知らない。…聖杯の隠し場だと信じている人も多かった。」(『パブロ・カザルス喜びと悲しみ』)
 朝々、鋸の磨滅したような山々に向い、私は唱える。「モンセラート…」
 そうすると、言の葉が、アンソニー・ヘンリーさんたちの地に届くような気がするのだ。
 目の前の杉の木立は、ろうそくのかがよいにも似て、いっせいにゆらめきたつのだ。(上島)

 「多く愛した人」のちにそう名付けられた、中世ヨーロッパの無名のカソリックの聖人がいたことを、知りました。
多く愛することは、罪ではない。(上島)

 グレッグさんは、いま、ワシントンの国立図書館に旅行中。占領時代のハンセン病政策資料を求めて。やはり彼は学者なのだと実感しました。(上島)

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