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お休みどころ 2005年7月18日 月曜日

 7月15日で29歳になりました。翌々日の7月17日は、水俣行きの日。本願の会の緒方正人さんたちが産廃処理場予定地で集会をされるので、上島さんが行こうと呼びかけました。田嶋順子さんの車で三人。球磨川を下りつつ、水俣へ向かいました。
 ところがファンも昂じるといろんな気持ちが湧いてきて、緒方さんに疑問や反発、挑戦的な気もちを感じるようになりました。一度は本願の会の集まりで、みなさんの目の前で緒方さんに食ってかかったこともあります。「思春期患者はこちらのいちばんイヤなところを衝いてくる」と精神医学書で読むと、まさにわがこととして恥ずかしいかぎりです。
 実は僕は緒方正人さんについて頭の痛い思いがあります。京都の岩倉にいるころ、『常世の舟を漕ぎて』(世織書房)を論楽社で教えてもらい読んで以来、僕は緒方さんの大ファンなのです。水俣病で悶死した父、激しい運動、狂いと回生という緒方さんの生きざまにつよく憧れましたし、自分もまたそういう精神的再生劇を生きてみたいとおもいました。
 17日の集会でお会いした折、どうしても挑戦的な気もちがわいてしまいすみませんとお伝えすると、「若いうちはそうでなきゃ」と言ってくださいました。緒方さんは北御門二郎さんの話を一度、熊本の真宗寺で聞いたことがあるそうです。「思想信条でなく、生身のからだで揺れて悩んで道ができていく。これを何と言ったらいいだろうか。」「表現するってことがものすごく大事。」イワンの馬鹿のように生きたいと緒方さんは言われます。
 実は7月17日は、二郎さんの一回忌でした。(興野)

 お休みどころにとって、「水俣」というのはことのほか大切なお宝です。
 不知火海の一滴を浄めよう。球磨川のみなもとに住み、樹木の一本を植えようとの願い。
 2000年の終わりごろでしょうか。岩倉の家でアイロンをかけながら見ていたTV。原田正純さんの水俣学の提唱でした。再放送を待ち、ビデオにとり、愛生園の宇佐美治さんに渡すと、宇佐美さんもダビングし、感動しました。ハンセン病と水俣学は、私の中ではひとつながりになりました。
 その後、グレッグさんがハンセン病史を深めたいと言ったとき、「水俣学と結びなさいな」といいました。
 「私たちはどう生きるか?」(論楽社ブックレット1号 藤田省三)「イワンの馬鹿」の住人のように。「ミンナニデクノボート呼バレ ホメラレモセズ苦ニモサレズニ」ひっそりと
 「水俣」は生のモデルを提示しているのでした。
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 林洋子さんの秋の公演にむけて、順子さん、勤子さん、鹿児島の裕子さんが頼もしく動いて下さっています。洋子力のふしぎ。「球磨ってすてきな字を書くのね。球(たま=たましい)を磨く、と。」洋子さんは「あ」と思うことを何気なく口になさる。「水俣」で公演はできないものか。洋子さんの回生のはじまりが、「水俣」との出会い。そもそも、それも、宇井純さんのゴミ問題のTVをたまたま観たのが、事の端。
 7月17日には何が何でも水俣に行って、公演約束のひとつはとりつけたい。みんなの力が合わさって、会の終了後の懇親会で、表現の場が与えられました。杉本栄子さん、緒方正人さん、石牟礼道子さん、胎児性患者さんたち、受難を生きのびた人々の中に洋子さんの記憶はしっかりと刻まれていて、「やるよ!」と栄子さんの一声に安堵、あんしん。

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 福岡から西山監督もかけつけて、『不知火』ビデオ上映会。途中、雨と雪が体育館を包みます。すっぽりと貝がらの中にでもくるまれたような。ふしぎの『不知火』。

 湯出地区は道づくりをなりわいとしていた石牟礼さんの父親にとって大事なところ。「道つくりは世の中の土台ぞ」といわれて育ったそうです。

 林洋子さんの公演をここでも開きたいとおもったのは、5月14日。法然院で洋子さんの「いちょうの実」「雪わたり」を聞いたとき。「いちょうの実」の「おっかさん」のかなしみに打たれました。ああ、おっかさん、あなたは次には万の実を結ぶのです。さみしいお休みどころの土にも、洋子さんの語りをきかせてあげたい。法然院のおみどうでそう申すと「わたしの最後の願いは瞽女なのです。そのように薩摩琵琶一丁もって“なめとこ山の熊”を一人で語り歩きたい。」
 よし、決まった。この秋に、グレッグさんが来日。「イワンの国」づくり。納屋の2階もゲスト・ルームに改築開始。お休みどころ出発と林洋子瞽女巡礼出発「奉納」公演を、10月30日(日)にやることになりました。「おっかさん」に奉納します。つつしんで。
 懇親会の卓を、水俣学をやっているという宮北さんと囲みました。 「去年“不知火”のときはカナダの先住民の水銀汚染調査で、行けませんでした。この8月2日、2人の方がカナダからみえます。」
 熊本学園大にききにゆくことになりました。ちょうど熊本近代文学館で「北御門二郎展」も開かれています。(上島)

 聖好さんの言ったとおり平谷と水俣は川につながっています。水俣にさかのぼることはプラスチック社会に生きてきた僕たちにも必要があるといえます。平谷と水俣、学問と生きることがつながるように、手と手をつなぐように可能性の種を植えていただいていることは感謝です。月末まででロサンゼルスの下宿をひき払います。そして八月カービル(アメリカのハンセン病療養所)、十月平谷。舞って舞って―(グレッグ)
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