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お休みどころ 2005年7月5日 火曜日

 グレッグさんが日本に来るといっても、資格(ビザ)はどうするの?というのが、以前から大きい問題でありました。友人たちに調べていただいた結果、難関とのこと。お休みどころのような小団体に就職ではとてもダメ。日本人と結婚しても厳しいとのことで、グレッグさんが国の奨学研究員(2年)になるぐらいしか案がありませんでした。
 アメリカに行ってグレッグさんの親族友人にごあいさつして以来、住民として住んでもらうきっちりした資格はないものか、聖好さんは頭を痛めていました。
 グレッグさんの「水上に住みたい」嘆願書をもって成尾政紀(マサミチ)村長宅に直談判に行こう。と意を決したのはきのうのこと。お休みどころ月例会のメンバーである田嶋順子さん、阿部勤子さんと4人で行きました。
 結果は。「住んでいただけるなら、行政としてできるだけのことをします。それこそ『帰化』していただけるくらい。」やったあ。(興野)

 7月3日(日)。朝ごはんを早々にすませ、6:40、おきのさんは、地域草刈へと出かけて行った。きょうは、市房ダム周りの草刈りを、共同でやる日。何日も前から、みんなこの日を楽しみにしている。末雄さんは、その日のためにもう何回も造林鎌を研いだと誇らしげにいう。私は納屋の鎌を指さして、「どれがいいでしょうか。草刈には。」というと、「なかですなあ。どれも枝払いのですなあ。」まっ茶いろにさびついた3本の鎌。私ががっかりしていると、「しいていえば」と、一本を選んでくれた。それを研いでくれるという。ありがたい。おきのさんは土曜の夜しか帰ってこない。
 去年は、7:00ぴったりに集合したら、みんな出発したあとだった。ここも、早め早めの、愛生園タイム。愛生園の宇佐美さんはいつも遅刻するわれわれによく怒っていたものだった。「論楽社には、時計はないんかいな!」と。ごめんなさい。いま、その言葉が染みてくる。
 「みんな待っていますよ。挨拶に行って下さい。」お昼、作業のあとの慰労会から帰ってきたおきのさんは満足気。山道を下りて、公民館にむかう。ウワァファ ファファ ファァ。波のように笑いのうねりがきこえてくる。
 あ。ここは、愛生園の恩賜療? 坂の上から眺める景色に、立ち止まる。
 生きのびる愛の園を、この地につくりつづけよう。
 グレッグさんの参加をえて。

 草刈りへ行く道すがら、おきのさんは成尾村長にたまたま出会う。「ごくろうさまです」と村長。
 やはり、きょうは「大安吉日」。
 グレッグさんの件を頼みに行くのは、この日に限る。「林洋子公演企画」に集った仲間たちと共に、行こうではないか。

 ヒルガオが、ピンクの花をしおらせながらも、雨の中、よろけよろけ咲いている。公民館につづく道々。
 「夏の砂礫を這うハマヒルガオの
  持ち上げた花のパラボラが
  追っているのは昼間の星
  夜は満月の海が光る」
  (「ハマヒルガオ−興野さんへ−」より島田等『病みすてられた人々』)
 ヒルガオが、いま、ここにある。

 7時前。村長を訪ねる。村長の家は、平谷よりひとつ下の部落、古屋敷。ハナ子さんの家(お休みどころの大家さん。5/24自死)のすぐ近く。ここの家を紹介してくれたのは村長なのだが、村長と親しくなったのは、ハナ子さんの置土産。
 村長は、道に面した応接間で野球をみながら私たちを待っていた。
 慎重に進まねば。
 緊張して、正座を崩さない私たちに村長はいう。
 「花嫁さんをもらいに来たわけじゃあるまいし、さ、どうぞ、膝を崩して下さい。」どきん。「いや、その“花嫁さん”の件なのです。」
 そうして、話ははじまった。

 水上村では近隣の5つの町村によびかけて、球磨川源流の自然林を少しずつ買いとっている。村長は夢見る。「100年200年先」の豊かな森を。「そして、それが、世界遺産になったりしてね。」彼は笑う。
 われらは、「100年200年先」の森をつくるのだ。
 平和の森には、平和博物館。Museumの語源は、temple of the Muses, place of study, library。Musesは、詩の神。田んぼを復活させてと村長。
 ハナ子さんのこの土から、「50人分」の米はとれるそうだ。やろう。グレッグさんのお休みどころでやりたい一番目は、田んぼ。
「田もつくり、詩もつくれ。」(『北の百姓記』齋藤たきち)たきちさんの師匠は真壁仁。真壁仁の師匠は、宮沢賢治。「お休みどころは北御門二郎と真壁仁が住んでいる」たきちさんは『北の百姓記』の扉に刻んでくれた。
 この秋の林洋子さんの「なめとこ山の熊」を楽しみにしている。(上島)

グレッグさんの嘆願書。
成尾政紀村長様    2005年7月3日(日)
 水上村、古屋敷、平谷に僕たちを歓迎して下さってありがとうございます。村長さんのよく知っている家まで紹介していただいて、その後、お世話になって、感謝しています。
 「二郎先生が育ち合っていた村に平和の場所をつくろう」と上島、興野と話し合い始めたときから、彼のように農業しながら、文、生きること、をすることをしたい深い気持ちを持っていました。住民の一人として役に立てばうれしいことだといつも思っています。住民の一人になることは可能でしょうか。心的と共に法的な問題になるとわかりました。
 秋ごろはしばらく参ると思いますので、お会いできるときを楽しみにしています。今からもよろしくお願いします。
 梅雨はまだ大変かもしれませんのでお体もお祈りします。
         グレゴリー・ヴァンダービルト
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