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お休みどころ 2005年5月31日 火曜日


 5月24日、お休みどころの大家さんのハナ子さん(83)が亡くなられました。ハナ子さんは10年前、お休みどころから3km下った古屋敷地区に移り住み、一人暮らしを続けておられました。(息子さん2人はそれぞれ大阪です。)刺激のすくなそうな一人暮らし、年齢のこともあり、認知症のことが心配です。1週間前、お家賃5000円を届けにいったとき、朝だったとはいえ、ハナ子さんがぼうっとして、一瞬僕が誰なのかわからないふうでしたので、いよいよ認知症がすすんだかと心配になりました。(上島注:たましいがここにないという様子だったとおきのさん。)
 2日後、ハナ子さんから上島さんに、電話があったとのことで安心した矢先の訃報でした。やはり衰えておられたのか…。
 僕は鹿児島でしたので、上島さんが26日の葬儀に参列いたしました。その日、上島さんから病院に届いたFAXを見て驚きました。ハナ子さんは、自ら亡くなられたのです。あのときのあの衰えはそういうことだったのか…。(上島注:葬儀の最後親族の挨拶のとき息子さんが「母は自らのいのちを絶ちました。が、母の最後の願い、この水上村の古屋敷で死にたいという願いはとげられました。」とおっしゃいました。そこではじめて私は知りました。)
 ハナ子さんは生前、「私は抗(あらが)うことが好かんけん」、とおっしゃっていました。夫の友重さんは冬中猟に打ちこみ、最大年間100頭ものイノシシやシカを仕留め、そのたびに大宴会。ハナ子さんは嫌な顔ひとつせず、皆をもてなしておられたそうです。
 お休みどころのお家は、いままでどおり貸していただけることになりました。(興野)

 よく風邪をひく。新しい風が、からだの中でかすかにゆらぐのを感じると、からだはじきに起ちあがる。そういう折、外に出て薬草を摘み、庭に移植する。たとえば、カキドオシ。クローバー。レンゲ。ヒキオコシ。オオバコ。ゲンノショウコ。ヨモギ。何のことはない。雑草だらけになってしまった。冬の間ミズナ、ダイコン、赤カブ、白カブ、ハクサイの食べ残しをせっせと植えた。とりどりの菜の畑。美しい十文字の花々も終わり、いまはひっそり。先週ハナ子さんの訃報の日、順子さんがやって来て、踊るように種をまいてくれた。種まきって、祭りだったのか。ニンジン、モロヘイヤ、オクラ…。
 4月の例会は17日。養生実践発表会。いちご農家で太極拳の師範の順子さんが「生姜シロップ、里芋パスタ」をやってくれるという。そしたらじっさい勤子さん(ヘルパー)が来るなり、腹痛で七転八倒。はりきって順子さん、無事に治療成功。安堵していると、クルマが止まり、様子をうかがう人がいる。「わたしはここに住んどった者です。亡くなったこの家の主の妹です。」
 その人は76歳。墓参りの途次、1日生家がみたくて寄ったのだという。「ああ、なつかしかあ。何にも欲しいものはないけれど、我家を建つるとき、この家の床板を欲しいとおもったとですよ。学校から帰ったら母がすぐ磨かせよりましたと。鏡のごとなりよって。住んでもらゆるだけでうれしか。安心して死ねます。」その人はそう言って、帰っていった。
 5月25日早朝6:30、でんわ。その夜中、家がパタパタ音をたて、いったん手洗いに起ったら、寝つけないままであった。猫かしら。黒い猫でも入ったか。
 「ハナ子さん?」と受話器をとって口走ると、「じゃなか。シモのミツコ…」外ではホケキョ…とウグイスののどかな声。「そのハナちゃんじゃが死にやったと。」ミツコさんはいう。
 26日まっ青な空の下、ハナ子さんの茅ぶきの家で葬儀があった。観音経がしずかに流れる。「ずっと借りられるように言うといてやるよ」と村長も言ってくれた。葬儀のあと、村の人(78)から「ずっとおって下さい。私たちはいのちをまっとうしましょう。さいごまで生きてゆきましょう」とでんわがあった。
 その日、岡部伊都子さんから「魂のふるさと お休みどころ様」と刻まれたご著者献呈本が届いた。この寂しがる土を、こどもの声のみちる土にしよう。60年、やってみよう。「元日本兵」のように。岡部さんが邦夫さんを悼んできたように。そうしたら、ひょっとして、魂のふるさとになっているやもしれず。
 「バラを見においやらんですか。」末雄さんから誘いがあった。30年前、亡き妻が植えた赤いバラが満開なのだという。古道を踏みしめて、歩いていった。ほとんど消えかかっていた古道を末雄さんはお休みどころとの通い路に復活した。アスファルトの道と違い、樹影の山道は、ふくふくとやさしい。人が歩けば道になる。
 末雄さんは、小さな庭先に、れんがをひとつずつ両脇にしつらえて、網をおきトリの手羽先を、炭火で焼いてくれた。「ほら、食べてくない。ビールもどうぞ。」「末雄さんのニンニク畑はみごとですね」というと、「精ばつけんばならん」と笑う。「これは娘がこうてくれた菊…」「イチジク」「ユリ」と次々教えてくれる。胎内空間。末雄さんの秘密の花園。どんどん食べなっせ…と末雄さん。「お茶もあります。冷やしときました。」自家製の甘さに驚くと、「わかんなはったな。」と末雄さんはにっこりするのであった。
 目の前には深紅のバラの花盛り。軒より高く、水平にコードをひっぱって、蔓を這わせている。むっくりむっくりバラの花は首をもたげる。「おくさんの名は何ですか」と問うと、「ユキエ」。「あらあ。バラの花びらの落ちとる。まだ一枚も落ちとらんとおもいよったが。」さらさらと雪の原を深紅の花弁が走っていく音がした。
 28日(土)おきのさんは、タクシーではなく、バスの運転手さんの自家用車に乗せてもらい、ここまで帰ってきた。勤務を終えたその方のご好意。29日(日)、5月例会。私たちいれて、13人。自然農の人、宮大工さん、新しく村に越してきた人。はじめてこどもたち(5歳、9歳、11歳)の声を、土にきかしてあげられた。絵本やら紙芝居、ゆっくりそろえてゆきたいな。(上島)

 きのう博士論文を出しました。応援したり、心配したりして下さって、ありがとうございます。「終わった」感じはまだしていませんが、たしか生んだ子供を他者として見れるようになるときのようかもしれません。10日後3人の来るときを楽しみにしています。聖好さんは美術館をたのみました。「美しいものをみたいから」と。普段、外国へ行くと珍しいものとか有名なものが皆ほしいかもしれませんが、美しいものだったら、深く考えないとできません。レンブラント、海、山、料理の香り、色々美しいものを探しつづけます。一生。(グレッグ)
5月31日
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