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お休みどころ 2005年4月26日 火曜日

 4月12日には、チベット亡命政府の最高指導者であるダライ・ラマ14世の講演を聞きに熊本県玉名市へ出かけます。僕はダライ・ラマたちの非暴力抵抗運動を尊敬してきました。実は会場が悪徳寺院らしく、金もうけに走っているから行かない方がいい、と言ってくださる方もありました。おまけに4000人ホールです。そんななか、いったいどんな話をされるのか、聞きに行ってみます。
 講演の翌日、僕は直接鹿児島へ向かいます。4/14、15、16は伊敷病院です。4/22(金)からは当直もはじまります。それまでにはがんばって勉強しておきたいです。
 伊敷病院で働き出すまで、どんな仕事が課せられるのだろうかとたいへん心配しました。が、結局仕事はまわりの人たちから教わるものだとわかりました。とりわけ実務は看護師さんたちに教わっています。(これこれの薬をこれだけほしいから処方箋にこう書いて、という具合に指導してもらいます。)
 チームで働くということを教わったのは、堂園メディカルハウス実習でした。人にお仕えする作法も教わりました。堂園晴彦院長とマネージャーの文子さんのご配慮で、一年間、毎月6日間宿泊費4000円、研修費1000円、食費2100円免除で勉強させていただきました。お世話になったご恩をすこしでもいかせるよう、緊張してすごしています。
          興野康也

 玉名へ行く途次、阿蘇に寄りました。阿蘇は父の故郷。私が1歳半のとき母が結核になり、半年程あずけられました。幼いころ投げ出された圧倒的な自然の美―山々の青、星々の金、闇の黒―は、一生忘れられません。私を気づかう大家族のやさしさも。この季節に訪ねるのは、はじめてではないか。家々のどの庭にも丈高い椿があかあかと咲いています。道には紅の椿塚。こんもりと。紅好きの由来を知りました。ひとつの円が結ばれたような心地。これを安心と呼ぶのやら。
 ダライ・ラマ法王が何を話したとか、私がどのように聞いたとかは、能を観るのと同じように、あまりたいしたことではないのでした。だだっ広い境内。5000人の人がいるときいても、そんなに人がいたかしらという程。おまけに、法王は五重塔の三重部分から話します。豆粒のようです。この1月、おきのさんが福岡に漢方合宿に行った折、駅のポスターをみて、申し込んだのでした。「チケットもこれがさいご」と、お寺の人もいいました。
 が、法王のよろしき声はからだの奥に響きます。愉快なふんい気も5年前、京都できいたのと同じ。老けていない。ききいるうち、ダライ・ラマ法王とわたくしはつながっている。ひとつ曼茶羅の中にいる。とおもわれてきます。
 はじまる寸前、5000人が法王を待っているとき、お手洗いに立ちました。そしたら目の前を黒いクルマに乗った法王がにこにこと手を振りながら通ってゆく。能『不知火』のときと同じ。そのときは、緒方正人さんと杉本栄子さんが「たましいを乗せた船」を海に流す場面と、「常若」が面をつけ、まさに常若になる場面に立ち会いました。
 法話が終わり、ゆっくりと先程の場所にゆきました。待つことしばし。黒いクルマから法王の手がひらひら舞います。私はおもわずしらず、そのお手をつかんでいたのでした。カチャリ。ひとつの円が結ばれた心地。(上島)

 初当直、外来に94歳のおじいさんが「心臓発作」で来られました。もし危険な病状なら、すぐに大きな病院へ紹介しないといけません。緊張しましたが、脈もきれいで痛みもはっきりしません。同伴のお嫁さんが肩をもんであげると、楽になったと喜ばれました。お薬とおもって顔を出してあげてください、とお嫁さんにお願いしました。仕事が忙しくて、なかなか行けないそうです。(興野)

 ハコベのあとは、ウシハコベ。畑に満開。ウシハコベはハコベよりいっそうやわらかく美味。ゆでるときホウレンソウのような匂いがします。が、ホウレンソウよりうまい。毎日、いただいています。お酢とオリーブオイル、わかめをまぜて、サラダに。カンゾウが幼いころは、それも加えて。これはシカの好物で、シカと競って、いただきました。(上島)

 「去年はスギナだけの畑だったんですよ。いまは、ハコベに」といえば、自然農をやっている人が「すごい!」といいます。チビの散歩の折、溝の落ち葉を一袋、掃除して畑にまくゆえか、肥えをまくゆえか。台所で芽の出たものを植え、ただぼおっと土の変化を味わっています。只今、菜の花々。(上島)

  「象外(しょうがい)の一機(いっき)よく眼(まなこ)を著(つ)けよ、笑って観(み)ん石女(せきにょ)の三台に舞うことを」(道元)。
  「形が現れる以前のはたらきによく眼をつけるがよい。ここに眼をつければ、石女が三台に舞うのを笑って観るだろう」。(『道元禅師語録』)

 病棟で患者さんたちと話す話題には、どういうわけか霊のことが多いのです。たとえば、「右手がふるえてきました(薬の副作用)が、以前飼っていた猫のケイレンと似ています。関係ありますか?」「先生の首には蛇のような霊が、まきついています」「住まいがお墓の上だったのが、まずかっただろうか」僕の目が変だ、と二人の方に言われました。「宇宙的」な感じがするそうです。(興野)

 チビのお腹が地面にくっつきそうです。2月の終わり、おす犬がうろうろしておりました。チビがなくのでたそがれ時走りよるとおす犬とくっついています。持っていた洗い桶でおす犬の頭をおもいっきりにたたきました。チビとまちがわぬよう気をつけながら。
 が甲斐もなく。日に日にチビはふくれてくるのでした。
 子犬の一匹は甥がもらってくれることになりました。
 「いりませんか」と宅急便のイナセなおじさんに声をかけると、「いらーんバイ。もう、うちにはおると。川に流しなっせ。産まれてすぐ。」「避妊はした方がいいでしょうか。」ときくと「銭のもったいなか。」「じゃ、また」といいいい、ほがらかにクラクションをならし、帰ってゆきました。(上島)

 「疲れた人、ようこそ ようこそ」と「お休みどころ」を開きました。「疲れたら、そんな不便なとこまで歩けません。」と人はいう。もっとも然り。「お薬より水上村のお休みどころ」といってくれる人がおりました。「お遊びどころ」はどうかしら。脳を遊ばせるに、よいところ。(上島)

 僕が担当になった患者さんは元・精神科医です。お薬の量を話し合いながら決めるのはもちろん、「操作性診断基準」や「クリューバー・ビューシー症候群」など、いろんな言葉を質問してこられます。タジタジです。
 「この病院に一生いてよ」と言ってくださる方もいます。(興野)

 祖父の土地には羊百匹ぐらいが飼われています。秋以後小羊97匹が生まれてきました。先日(実は復活祭だった)生まれる瞬間を見ました。黒いぬれたアメリカンフットボールのボールのようなものが急に世に入ってきました。母羊は1匹目が立てるように集中していたからその2匹目を気にしていなさそうでしたが、飼主のデッビさんがすぐハナから液をぬいて咳を聞いてから安心しました。そして「名を決めましょう」と彼女が言い出して、一緒に見ていたはとこのエリン(23歳)ちゃんの名前を付けました。論文がんばります。
 その土地は今までクルミ、モモ、ニワトリ、バラ、クリスマスの木をつくってくれました。(グレッグ)

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