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お休みどころ 2005年2月12日 土曜日

 更年期というものなのでしょうか。体調不全。あいてっ、いてっ、風邪があちこちに入りこみます。いまもペンをもつ手に、稲妻が走ります。胃だったり、心臓付近だったり、自在。地下からいっせいに鬼がとびだしたのか、節分の大雪。身内からも鬼が吹きだしました。寒さを呪うことしきり。土間(台所)に渦を巻いて降り込む雪に観念しました。「不知火」夢幻能を楽しんだのは、このためだったのか。現実こそ、能舞台。わが鬼たちが、舞い踊る。舞い上がる。
 2/7(月)、冷たい雨の降るなか、霧のコートを身にまとい、鹿児島へ出発。チビは3日間お留守番。つなぎ紐を長く、エサをたっぷりあげます。最寄りのバス停に送ってもらおうと文江さんを待つのですが、約束を忘れなすったか。しょうがない。末雄さんに頼もう。小走りに歩いていると、文江さんがようよう拾ってくれました。
 さて、バスに乗ること1時間20分。鹿児島行きバスのインターで降りるのですが、いま出発したところ。雨の降りこむ高速道路脇の小屋で1時間10分立ちん棒。神田橋條治さんの病院についたのは、1時前でした。(上島聖好)
 
 僕の方は2/2から堂園メディカルハウスでの実習。鹿児島でグレッグさん、聖好さんを迎えるはずでした。が、雪でバスが走らず。翌日、坂道を雪ですべりながら、出かけました。堂園節分祭の写真係には間に合わず、夕方にやっと着きました。今回は2人の方の看取りに参加させていただきました。
 2月5日は神田橋條治さん68歳の誕生日。聖好さんが「光岡美瑛子パン」を持参し、4人(臨床心理士の福森高洋さんも来られていました)で拍手。廊下を通った患者さんが言いました。「私はいま、先生と会えることだけが幸せ。」(興野康也)
 十代の女性にそう言われ、先生も面映ゆげ。「先生はますます輝いておられますね。人生を楽しんでおられるその快の気、楽しさがいい」と言うと、「あなたがたが来てくれるからだよ。」あ。うれしいな。こんなわたしでも人の役に立てて。
 1/30、神田橋さんの東京講演の折、藤田春子さんが神田橋さんと会いました。神田橋さんの本を紹介してくれたのは、春子さん。15年程前、夫の藤田省三さん(学者)は「相互扶助の場だから」と論楽社に手弁当で話しに来て下さいました。ようやく円が熟して結ばれて、私は安堵しています。(上島聖好)

 お休みどころに帰って来て5カ月ぶり。冬の風景で明るくて寒い。チビとこのままケンカがつづくか仲よくなるかまだわかりません。今朝噛まれました。
 僕、1月31日京都に着いて、論楽社で4泊。そうしてフェリーで九州に来て、2月5日興野と再会。7日、聖好さんと。
 鹿児島で興野君を育てて下さる神田橋さん、堂園メディカルハウスのひとりひとりにお会いできてうれしかったです。おかげで彼の胸が広くなり感動しました。一つの道が開けてきたという気がします。「出会えば兄弟(いちゃりばちょーでー)」という沖縄の言葉を思い出しています。
 2月8日(火)論楽社を支えてくれる宮下正昭さん、中村保子さん、興野が鹿児島で出会った倉本啓子さん、義之さん、3泊お世話になった小原裕子さんとみんなでファミリーレストランに行きました。(グレゴリー・ヴァンダービルト)

 お休みどころを留守にする前は大忙がし。郵便配達の三重子さん、クロネコヤマトさんにでんわをし、ご近所には留守を頼みます。
 4日以上の留守のときは、末雄さんに一升びん下げて、チビの世話を頼みに行きます。帰ったら、チビは首輪を離れて、寝そべっていました。動くうち、スッポリ抜けたらしいのでした。
 小原裕子さんがここまで送って下さいました。鹿児島・伊集院から2時間半の道のりを。
 小原さんはその名の通り、ひろく、ゆうゆうと、私たちをもてなして下さいました。「できることしか、やりません。」その「できること」がひろやかで。

 3日間小原家での滞在中、「小原ワールド」を見せていただきました。「ひむかの郷」と名付け、自然体験資源(露天風呂、体育館…)を手づくりしている吉田さん。気功、ヨガの先生。熊本市の中心街で鍼灸院を開いておられた由。

 おつれあいの小原博士は、科学者。捨てられたゴミの中から宝物を発見する天才。「ほら、これを見て下さい」と手の平にのるくらいの四角い水晶のようなガラスをさしだされます。赤、紫、緑、光がゆるやかに踊っています。

 心がシンとする。粗大ゴミの中からダイアモンド。なにかの偏光器の芯部の由。「これをね、朝日の中においたら美しいんです。光がね、ここから産まれたような。」むすびの機械をいただいて帰りました。産霊。むすび。光の素・生産機。

 小原宅からクルマで30分、照葉の里山を越えたところに古民家一軒。「手づくり工房 ふみ」。イヌ、ネコ、ニワトリ、ヤギ、ポニー、ウサギたくさんたくさん。手づくりのやぐらから動物たちの小屋が見渡せます。朋代さんは、裕子さんの同級生。つれあいの文男さんは、船長さんを退職してはじめたのが、ここ。なんと無料なのです。一杯のコーヒーが。それどころか「好きなだけ持っていって下さい」とみかんを指しておっしゃいました。きょう、「ふみ」さんからの葉書をいただきました。「毎日が試行錯誤の私たちですが一度おいで頂いた方に又行ってみたいねと言って頂けるようになりたいと願っております。」

 今回の旅で、快の気を放つ人々に出会いました。原初の海のひびき。愉海。

 人のいうようにいのちは、無目的。だから、かぷかぷ海に浮かぶ。

 個人個人が違う色を見ている。でも、共通の部分で理解しあっている。とのことです。

 堂園メディカルハウスでは、上村富美子さん(49)に面会。11月にお休みどころを訪ねて下さいました。「きのうまでは何も食べられなかったけど、きょうは気分がよくて。そういうときは運命を受けいれられるのよ。弱っているときはだめだけど」とにっこり。「来月、オッキー(おきの)が来てくれるときまでには、元気になっている」と。

 小原博士からいただいたプリズムは、光を三原色に分けて見せてくれます。赤、青、黄緑の三色を重ねてあらゆる色をあらわすのが、液晶の原理だそうです。光は、三つ編みの糸。

画像1

 どうして生きものが光を感じるのだろう。光について考えていくと、何万年何億年をさかのぼる、と小原博士。

 人の可能性、埋蔵資源とは試行錯誤のできること。

「すべての河川は大海に注ぐ。個々の井戸の底には、共通の地下水が湧く。」(北御門二郎)

 郵便配達の三重子さんがきょう(2月12日)、鹿児島滞在中の郵便物と、石原孝之君を届けて下さいました。二郎祭りに舞いを捧げるため「里帰り」したイッシー。てくてくと山道を歩いているところ三重ちゃんと出会ったのでした。あしたはみんな(グレッグ、イッシー、おきの、上島)で『イシ』(クローバー作・岩波書店)の暮らしをしている阿部ちゃんを訪ねます。

 さて、次の日には(2月9日)さらに分けいって、炭を焼き猟でなりわいをたてている堀切さんに会いにつれていっていただきました。堀切さん手づくりの小屋には炭があかあかと燃えており、熱いほど。堀切さんをしたって、神奈川から脱サラの人、郡司さん(54)が弟子入りをしておりました。炭をたくとマイナスイオンがどれくらいでるか。小原博士に開発してもらったという探知機でじっさい計ってくださいます。
 仙人のような風ぼうの堀切さんと天女のようなおもざしのおつれあいさま。お休みどころにも来て、炭焼き指導をして下さるそうです。

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