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お休みどころ 2005年1月3日 月曜日

 11月20日、ミリアムさんの母上が亡くなりました。
 「母が死んだら淋しいのかとおもったけど、そうでもないの。母は安らかに逝ったし、わたしは満足よ。」ミリアムさんは明るい声でいいます。「こんど日本に行くとき、神田橋條治さんに会いにゆくわ。来る?」母上の亡くなった数時間後のでんわで、そういうことになりました。躁うつ病、脳しゅよう、パーキンソン病を得ているミリアムさん。そのうえ、12/20〜12/24、立命館大学の集中講義のあと(午前午後とみっしりつまっています)、京都から列車を3回乗り継いで鹿児島まで行こうというのです。行かないわけにはゆきません。秋から冬にかけて、私の体調は最低です。毎朝微熱。深海から鯨をひきあげるが如く重たいからだをもたげてようよう起きます。が、はっきりと言いました。「行くわ。遊びましょう。桜島の熔岩からいい気がでていると神田橋さんが言っていた。その熔岩を抱いて、海辺で遊びましょう。」
「涯てしない世界の海辺に 子供たちが集まる。頭上には無窮の空が じっと身じろぎせず、動きやまぬ浪が 騒々しい。涯てしない世界の海辺に 子供たちが集まって、叫び踊っている。」(『ギタンジャリ』タゴール著)
 ミリアムさんと話しながら、こういうフレーズが舞っておりました。
   上島聖好
 
 当初は27日午後の神田橋外来をミリアムさんと僕たちの3人で見せていただく予定でした。が、はりきったミリアムさんは前日に鹿児島着。朝から出かけました。
 僕たちはバス停まで徒歩(40分)、バス3回乗りついで、お昼すぎに鹿児島着。まずは腹ごしらえに病院そばのうどん屋さんに行きました。そこへ何食わぬ顔でやってきたミリアムさん。待ちあわせたかのごとく。
 ミリアムさんにはふしぎな察知力があるようです。神田橋さんは常々、獣(けもの)的な察知力の大切さを説いていますし、聖好さんは言うまでもなく。ミリアムさんは直感力仲間の存在を嗅ぎつけて、はるばる鹿児島まで病身をおしてやって来たのでしょう。3日間そばにいて、よくぞこの体で、と感嘆のおもい増すばかり。
 が、同時に人使いも荒いのです。あたりまえのように指図して。こっちは自発的に望んでやったかのような気分になるのですから、ふしぎです。
 27日からは50人診療プラス僕たちの陪席プラス1時間半の個人指導プラス当直で、さすがの神田橋さんもダウン。もう若くはないから翌日の桜島案内はキャンセルさせてくれないかとホテルに電話がありました。それからのミリアムさんの狼狽ぶり。友人の小原裕子さんがドライバーを買って出てくださったのに、神田橋さんに会えるかと気が気でありません。鹿児島滞在をもう一泊延ばして29日に神田橋さんと会えばいい。聖好さんが発案し、ホテル予約、飛行機予約、電車キャンセルと小原さんが奔走。ようやくミリアムさんのごきげんもととのったのでした。
   興野康也

図1
図2
図3
図4
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