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お休みどころ 2004年11月25日 木曜日

 「風信雲書、天より翔臨す。これを披(ひら)きこれを閲するに、雲霧を掲ぐるが如し。」(空海)
 ここ平谷は、「山地の平地。」
 霧の湧くさまは、深海にいるが如く。
 「雲気の変幻」を見ながら、9月に来られた美弥子さん、岡田さんは玄関の上がりがまちに腰かけてほうやりこ。
 「そういえば、海の中と霧の平谷は似ています。ふっとあらわれ消える樹木は海草のようです。」11月のはじめ、阿部さんとともに来られた宮大工の浦松さんは言います。「いまや10年も住んでいる台所ではないですか。よく使いこまれている。あのときは、このままこの家は朽ちるのかとおもいましたよ。」
 浦松さんは、私たちが越す前、空屋だったころのこの家を見ていたのでした。
 浦松さんは落涙なさいます。
 阿部さんは、2年がかりで柱を削り、いまようやく万端整い、友人たちの手で建前(たてまえ)と相なったのでした。釘一本使わない伝統建築。そのときに、立ち寄って下さったのでした。
 建てられているそのさまを見たいものよと願っていたら、堂園メディカルハウスから黒田さんが来訪。黒田さんはクルマで来て下さいましたので、頼んで阿部さんのところへつれていってもらいました。
 まっ青な空の下、市房山に守られるように建っています。前日に瓦がのったそうで、成年式を迎えた晴れがましい姿。勤子(いそこ)さんの作品、煮しめのうまさ。お家を眺めながら、空の下、舌鼓。「黒田さんは峨眉山(がびさん)に登ったことがあるんですって。」といえば、「良寛さんにそんな詩があったぞ。」と阿部さん

「不知落成何年代
 書法遒美且清新
 分明峨眉山下橋
 流寄日本宮川浜

 知らず 落成は 何れの年代なる 
 書法 遒美(しゅうび)にして かつ清新
 分明なり 峨眉山の下の橋
 流れ寄る 日本 宮川の浜に

 この橋の落成の、年代はわからない。が、橋杭に刻まれた文字の書法は、力づよく美しく、かつ清新である。
 蜀の峨眉山の下の橋杭だということはあきらかである。それが漂流して我が越後の宮川浜に流れ着いたのだ。」

 それは、こういう詩でした。
 市房山のふもとに流れ寄る人と言の葉。
 久しぶりにクルマに乗せてもらうのが、うれしくて、その日は多良木であった全国地名大会の谷川健一さんの話をきき、途次、薪ストーブの蓄熱にレンガ20個を買って帰ったのでした。ほらごらんのとおり。

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