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お休みどころ 2004年9月1日 水曜日

  8/14から8/22までの堂園メディカルハウスでの実習を終え、8/23にグレッグさんを鹿児島空港に迎えました。市内と空港との往復に中村保子さんが車を走らせてくれました。それからの10日間、11人の方がお休みどころを訪ねてくださり、家づくりを手伝ってくださいました。大工の江藤由喜治さんは京都から機材一式、車に積んできて、「お茶室」の天井や玄関の戸を作ってくれました。京都の丹後半島の木工漆職人、大益牧雄さん(上島注:2003年12月来訪)は看板を作って送ってくださいました。草刈り、ジャガイモ、ラッキョウの植えつけ、台風ではがれた納屋のトタン屋根修理。みんな助けていただきました。隣の隣町からはイチゴ農家の田嶋順子さんが来て、皿回しや太極拳を披露してくださいました。8/7から8/11に訪ねてくださった石原孝之(上島注:興野さんの高校の同級生)さんは、草刈り後の畑で「彫刻舞踊」を奉納してくださいました。祭(まつ)りと奉(まつ)りは同じ語源だそうです。この1ヶ月、たくさんの人がお休みどころを訪ね、土地神さまを喜ばせていってくれました。お休みどころ、遊息祭。大きな波のりをしたような心地です。
       興野康也

 天地交響の奉納能「不知火」のあとは大きな台風がお休みどころを直撃。その日帰京するはずだった虫賀くんは1日足止めとなりました。まるで鯨の腹の中。
 四人(虫賀、グレッグ、興野、上島)のふしぎ家族。TV、ラジオのない私たちに友人たちが安否を気づかい、でんわをいれてくれます。外はドタンバタンの大嵐なのですが、「鯨の腹の中」は快適に、めいめい本を読んだり、緒方正人さんや石牟礼道子さんに「返礼」を書いたりしておりました。
 さて、翌朝、一転快晴。トタン屋根は吹っ飛び雨もりのあともぐちゃぐちゃ。が、気はせいせいと流れます。倒された草の間からむっくりとことしはじめてのアサガオが星座のように花開きます。こんな賑やかな朝を見たのははじめて。
 虫賀くんに促されて、崩れを見に行きました。お休みどころから少し上がった道(椎葉村へつづく道)がまっぷたつに切断。ぞろりと谷底へなだれているのでした。樹上では、ミンミンゼミが圧縮ポンプのようにからだをふるわせ、鳴いています。生きよ、生きのびよ、十方虚空われらがいのち、谷底もわが棲家といわんばかり。
 天上大風。ひょっとして、これがお休みどころの仕事やもしれず。
 いまはトックリバチの盛り。窓ガラスを泥で汚し、部屋の中で巣づくりする音はユーレイのよう(?)。トックリバチとみれば私は掃除機で吸い、殺生をします。と、黄土色の粘土の粒が畳にぽたりと落ちています。トックリバチめ、やったな。手にとると、やわらかな小さな玉。赤ん坊のほっぺのような。その美しい球を眺めていると、捧げ物という言葉が浮かびました。生き物は、最も美しきものを神に奉る。トックリバチでさえそうならば、ましてや人は。
 今朝、能の一座が渚をねりあるき、勧進興行をする夢を見ました。
 天上大風、鯨の夢。いのちは夢連鎖。
     上島聖好

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