<< お休みどころ 2004年8月1日(日) | top | お休みどころ 2004年9月1日 水曜日 >>

お休みどころ 2004年8月5日(木)

 8月2日、虫賀宗博さんと3人で福岡県の一貴山(いきさん、地名。博多から電車で45分)の鏡山悦子さんを訪ねました。悦子さんは才津原哲弘さん(能登川町立図書館館長)の親友で、自然農法家の川口由一(よしかず)さんの教えのもとで自然農法を実践しておられます。お休みどころの畑の野菜(オクラ、カボチャ、ニガウリ、キュウリ、陸稲など)がシカに食べられてしまい、どういう畑にしていくか困っていたときに、聖好さんが鏡山さんに教えてもらおうとおもいついたのでした。駅から車で15分ほどのお宅はすばらしい立地条件でした。山に包まれ、近くに家のない静かな環境。明るく風通しよく平野が一望できる。畑はおもいのほか雑草が刈ってありましたが(刈ったあとは、そのまま畝にしく)、スイカ、カボチャ、マクワウリ、オクラ、トマト、キュウリ、ミョウガなど、野菜が実っていました。
 実は才津原さんも一貴山の地にひかれ、定年後に移り住みたいという願いをもっておられます。候補地が鏡山さん宅から50mほど上にあります。どうか今後の交渉がうまくいきますよう、3人で祈り、「かんながらたまちはえませ」(呪句、鏡山さんもこの句で土地を願った)と唱えてきました。一貴山は癒しの地になる土地だとおもいます。
 鏡山さんは川口由一さんに漢方を学ぶ会も主催しておられます。僕もまた参加してみようとおもいます。漢方合宿に参加し、漢方治療の達人の江部洋一郎さんに外来見学させてもらっておきながら漢方から遠ざかっていた僕ですから、やっと出会ったねと聖好さんが笑っています。ほんとうに。単に病気がない状態でなく、「人間の健全と品位」こそ目指されるべき、ということを思想史家の藤田省三さんの著作から学びました。僕たちなりに模索を続けます。
        興野康也

 1本残らずシカさんに食い尽くされた畑に立って、これではいけない、なんとかしようと思われました。みんながやっているようにただネットをはったらいいのですが、しっくりときません。「松下竜一さんを偲ぶ会」のついでに、自然農を実践しておられる鏡山さんを訪ねてみようとおもいたちました。
 松下竜一さん(1937〜2004)は、多発性肺のう胞症を抱え、医者からも生きているのがふしぎなくらいと言われつつ、仕事をし、人を結んでいった人。松下さんを育んだ中津という地に礼拝したいな。7/24 、北御門二郎さんの葬儀に参加したあとおもわれました。たびたびの旅ですが、いまは、そういうとき。
 葬儀というのは、生者や死者のためというよりも、その人を生かしめた土への感謝。土に立ち、土を味わい、亡き人をわが血肉とする。そこに集うた人とも、いわばきょうだいとなり、生きてゆく。
 中津に行くには、一日では行けません。福岡にいったん出なければならない。ならばと、鏡山さん――名前だけを存じあげ、一度もお会いしたことのない――訪問を思いついたのでした。8/1、松下さんの集いは、台風通過予報にもかかわらず、700人の人がしずしずと参加。いれかわりたちかわり、30余人の人たちが、松下さんを語ります。2:00〜6:00いつまでつづくのだろう、涙が枯れないといいなと案じたとき、4:00ごろ壇場に立った中村隆市さんが、「ぼくのあとに10人ほどの人がいます。」先が見えるのは、うれしいもんです。
 福岡で有機コーヒーのフェアトレードを営む中村隆市さんに、去年、論楽社で話をしていただきました。中村さんが、ブラジルで有機コーヒー園を営むカルロスさんに出会い、道がひらかれてゆくさまが『ジャカランダ物語』(ジャカランダというのはブラジルに生える大木)という小さな冊子に神話的に語られています。中村さんは、いわば松下さんの申し子のような人。交易は、経世済民の表現。いのちがよろこびあうビジネスをしておられます。私と同じ1955年生。
 偲ぶ会が終わったあと、才津原さん、虫賀くん、中村さん、興野と私の5人で夕食。「お休みどころ」の経営相談にも乗っていただきました。
 拠点をいくつかつくり、こうして旅を続けてゆく。
 これがいいのではないか。
 動く「お休みどころ」。
 鏡山さんは、りきまずにあっさりと「お休みどころ」をされておられました。土(農)をひとつのからだにみたて陰陽のバランスをとり、耕さない自然農。
 何よりも、一貴山という土地への敬意の深さに、打たれました。
 川口由一さんのはたらきについては、以前から知っておりましたし、虫賀さんや興野は、四年程前、川口さんの畑も見せてもらっていたのでした。
 この六月にも、多良木のいちご農家の順子さんが『妙なる畑に立ちて』という川口さんの本を貸して下さっていたのでした。なかなか読みすすめる間もなく、桃色の表紙だけを眺めること2ヶ月。
 ようやくお休みどころに帰りつけば、その本が机の上で持っておりました。
 あすから、興野さんの高校の友人が来訪。なんでも手伝ってくれるそうです。シカさんのネットはりやら草刈りをやってもらおうとおもいます。中村さんが「ウーファーという人たちがいるんですよ。寝るところと食事を提供してもらって、その家の野良仕事を手伝うという。」「え?そんなキトクな人、いるんですか。」と話していたら、やってきたのです。お休みどころにも、夢人が。待っています。
       上島聖好
お休みどころ | 2004年のお休みどころ | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
Comment









Trackback
URL:

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--