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お休みどころ 2004年6月

  神田橋條治さんの紹介で、鹿児島の堂園(どうぞの)メディカルハウスを訪ねることができました。堂園晴彦院長(51歳)と文子(ふみこ)さんが立ちあげた日本初の有床診療所ホスピスです。意外なことに、論楽社と重なるつながりがいろいろありました。中村哲さん、徳永進さん、ハンセン病。僕が論楽社に関わる発端も長島愛生園への旅に誘ってもらったことでしたが、行く先々でハンセン病(資料A)とつながりのある人に出会うのはふしぎです。
 5階建ての建物で1階が受付診察室。2階が一般の人も来れるレストランと売店。そこから上が病棟になっています。コンクリートの建物の5階に突然ガラスばりの池があり、亀や金魚が泳いでいます。隣に霊安室があり、廊下の窓からは桜島が見えます。徳永進さんが野の花診療所を設計する際、全部屋の窓から久松山(きゅうしょうざん)が見えるようにしたと聞きましたが、堂園メディカルハウスでもそういう配慮が随処に感じられました。
 僕は月に一週間、住みこみのアソシエイター(看護助手、おむつ交換や入浴介助)としてボランティアさせてもらうことになりました。この前後に神田橋先生のもとを訪ね、対話について学びます。寝泊まりには5階の1室をあてがってくださるそうで、ありがたいことです。
 お休みどころでどんな活動ができるか、いろんな人に相談に乗っていただいてきましたが、言葉を届けることで人の役に立てれば、というのが根本の願いです。医療面では、病院に行き薬を処分してもらうよりも前の段階にあたる、予防医学や養生の活動をめざしています。心が行きづまったときの一時滞在所も夢見ています。僕自身は、精神医学と体操と仏教を三つの柱として、勉強していきたいとおもっています。(上島注:操体法の中川重雄さん(83歳)に手紙を書いたら、ていねいな返事をいただきました。この夏おきのさんは、講習を受けます。)
 堂園メディカルハウスで働くことが、僕にとって最初の実地での勉強になります。入院された方は平均27日で亡くなられるそうですが、そういう現場で何ができるか試してみます。
       興野康也

 久松山(きゅうしょうざん)。この漢字がわからずに、おきのさんは片仮名で書いておりました。「地図で調べたら?」というと、しばらくして「載ってません。」「グレッグさんにきいたら?」というと「うん、それはいい。」グレッグさんは、鳥取で英語の先生をしていたのでした。徳永進さんの娘さん、ナッチャンも教え子の一人。ロスアンジェルスのグレッグさんにFaxで問い合わせると、折り返し「久松山(旧鳥取城)」という返事が返ってきました。
 2002年夏と秋、北御門二郎さんを二回にわたって訪ねました。「お休みどころ」の場所捜し。なぜここか。生の「溯上」の旅をしたいと願(おも)っておりました。「溯(さかのぼ)ることは朔(はじ)まり」(野口三千三)。水上村の響きの心地よさ。かてて加えて徴兵拒否をした北御門二郎さんが生きのびることのできた水上(みずかみ)村というのは、異物に対して免疫があるやもしれず。「溯上への旅」に参加してくれたグレッグさんのおかげで、いま、ここの「お休みどころ」があるのでした。
 グレッグさんの先生、ミリアム・シルヴァバーグさん(Professor. Department of History UCLA)が4/14〜6/6まで来日。その間にミリアムさんの講座を開いたらと言ったのも、グレッグさん。5/16、無事に講座をすませ、再会をよろこびあえました。グレッグさんを論楽社につれてきたのは、そもそも、ミリアムさん。ミリアムさんを私たちに紹介したのは、故藤田省三さん。神田橋さんに導いたのは、藤田ファミリー。堂園メディカルハウスにつながったのは、神田橋さんのおかげ。というふうに、出会いの輪は広がります。
 さて、ミリアムさんからは、「お休みどころ」の戦略は何かと問われました。「戦略」を立て、パソコンを活用せよと、実際にパソコンの実演までしてくれました。しかし、ないのです。「お休みどころ」とは何か、迷走の意志が定まりました。
 『オデュッセイア』のように。
 ミリアムさんは歴史学で「親密さ」(資料B)を表現しようとしています。あえて申すなら、私はお休みどころで「親密さ」を表現してまいります。①叙事詩を生きる。②信の海に身をゆだねる。③平和をつくりつづける。この三つを「戦略」としましょう。
 『お休みだより』(2003年5月〜2004年5月)から『お休みどころ』(2004年6月〜)へ。一年のめいそうを経て、生まれなおしました。
        上島聖好

資料A
花について
 数万年前の中東の洞窟では、死者の埋葬に多くの花が使われていた。同じように一万年前の縄文人たちも埋葬に花を使った。使われた花の名もあきらかにされている。考古学の新技法の採用によって発見されたこれらの事実は、人間の花にたいする選択的な関係のはるか始源性をしめすものである。
 おそらく、文字をもたなかったであろうかれらが、花にこめようとしたものを考えるとき、それはのちの人間にとっての宗教であり、哲学・思想であった。花は人間にとって始源の宗教であり、始原の哲学であった。人間は言葉を失うとき、その始源性へ引き戻される。
 地上に花は溢れ、栽培花は妍を競っている。
 人々は花に囲まれて豊かさをさらに実感する。しかし花にこめられる想いが豊かさに偏っていくのは本来ではない。一度も言葉を失う危機(とき)を持たなかった人は、花は自分を美しいと思ったことはない、ということを知らずに過ごしてしまうのではないか。
 『花―島田等遺稿集』より

 神田橋さんの本を読んでおりましたら、こういうフレーズが出てまいりました。(この本も、能登川町立図書館長の才津原哲弘さんが貸して下さったもの。『不確かさの中を−私の心理療法を求めて』神田橋條治・滝口俊子、創元社)「大いなるものを信仰することなしに、自分の無力をありのままに認めるのは、ちょっと難しいんだよね。このちょっと難しいというところが、地球上のどこにいる人類も、宗教を持っている理由なんだろうと思う。おそらく五万年前の人類も、宗教を持っていただろうと思うよ。」
 島田等さん(1926〜1995。若くしてハンセン病を得、長島愛生園入所。野の花を愛した島田さんは、徳永進さんの野の花診療所の霊的泉となっている。論楽社と中村哲さんをつないだのも、島田等さんである。神谷美恵子さんとも親しかった。)の文章をおもいおこしました。
 島田等さんは、ふしぎな人です。
 私どもの、出会いの中心軸。
 藤田省三さんも、詩人・島田等を「癌のいたみにきくのは、モルヒネと島田等の詩」と、表しておられましたっけ。

資料B
親密さの定義を広げる
 実際に人間関係の研究にたずさわっている研究者は、私たちにとって親密さこそ私たちの存在にとって中心的なものだと認めている。イギリスの重鎮的存在である精神分析医ジョン・ボールビーは親密さについて次のように語っている。
「他の人に対する親密な結びつきは、人間の生活を動かしている車の中心軸(注1)である……人は親密な結びつきを通じて人生を生きぬく力や喜びを引き出し、その人が提供するものを通じて、人は他の人に生きる力や喜びを与える。これらのことについては、現代の科学も伝統的な知恵も同一の立場にある」
 親密さが身体にも精神にも良い状態をもたらす(注2) ことは明らかである。医療研究者たちは、親密さのある人間関係がもたらす健康上の恩恵について、親しい友人をもっている人たちや、肯定的な意見や共感や愛情を求めることのできる相手がいる人たちは、心臓病や大手術といった身体にとっての大きな障害にであっても生きぬき、ガンや呼吸器感染症になりにくいことを発見している。
 例えば、デューク大学医療センターで千人を超える心臓病患者に対して行われた研究では、心臓病の診断を受けて五年以内に死亡する患者の数は、配偶者や親友をもっていない人たちの場合、結婚していたり親友のいる人たちで同じ診断を受けた人たちの三倍に達することがわかった。カリフォルニア州アラメダ群の居住者数千人に対して九年以上の期間を通じて行われた研究では、社会的な支援や親密な人間関係をもっている人の死亡率は低く、ガンの発生率も低いことがわかった。ネブラスカ医科大学で数百人の高齢者に対して行われた研究では、親密な人間関係をもっている人たちは、より良好な免疫機能をもち、コレステロール値も低いことが発見された。ここ三、四年、人間の親密さと健康の関係についてさまざまな分野の研究者によって行われた大規模な調査は少なくとも六事例ほどある。いずれも数千人の対象者に面接した結果、それぞれの研究者がいずれも同じ結論に達している。親密な人間関係は健康を増進する(注2)という事実である。
 親密さは、情緒的健全さを保つためにも大切である(注2)。精神分析医であり、社会哲学者でもあったエーリッヒ・フロムは、人間の最も基本的な恐怖は他の人から隔てられることへの脅威であると述べている。彼の考えによると、人間が幼児期に最初に体験した分離感は人生全体にわたる不安の種になる。このような考え方を支持する研究や多くの実験による結果を踏まえつつ、ジョン・ボールビーもまた認めていることだが、赤ん坊が生まれた年の後の半年間、母親や父親といった養護者と引き離された場合、赤ん坊の心のなかに恐れと悲しみが生まれる。ボールビーは親との別れや内面的な喪失感が、恐れや悲嘆や悲哀といった人間的な体験の根底にあると考えている。
 親密さが生命と関わる重要性をもつとするなら、それを達成するために私たちは日常生活でどのように取り組んだらいいのだろうか。前の章で見たようなダライ・ラマ法王の方法に従って、親密さとは何なのかを理解し、親密さの実行可能な定義とそのモデルを探し出し、それについて学び始めることは、理にかなったことだと考えられる。しかし、科学に答えを求めてみると、研究者たちが親密さの重要性を一般的に認めてはいても、同意には達していないように思える。親密さについてのさまざまな研究について、かなりおおざっぱな評価を見ても、何が親密さなのかについての定義や理論には大変相違があるということである。
「才津原哲弘文庫」貸出。『ダライ・ラマ こころの育て方』(ダライ・ラマ14世、ハワード・C・カトラー、今井幹晴訳、求龍堂)から。

(注1)今回の神田橋さんの、テーマが「中心軸」をもつことでした。
(注2)「親密さ」を育てることで、互いに活きいきすることができる。お休みどころの目指す人間関係です。
お休みどころ | 2004年のお休みどころ | 21:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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