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お休みどころ 2004年4月15日(木)

 4月の5日から7日まで、鹿児島市に行ってきました。精神科医の神田橋條治さんの教えを受けるためです。お休みどころから鹿児島までは意外と遠く、さらにこの春から人吉→鹿児島直通バスが乗客不足で廃止されてしまいました。バス3本を乗りつぎ、4時間、3760円かかります。お休みどころを探すときはなるべく不便な地を、とおもっていたのですが、実際に不便な地に来てみると、交通の便の大切さもわかります。(上島注:行きは文江さんのクルマでバス停まで送ってもらいます。帰りはタクシー。4000円。)

 神田橋さんの何気ない言葉で訪ねてこられた方がなごんでいく様子はまったく不思議です。対話の幹にあたるのは、直接言葉に出さない部分、と神田橋さんの本にはありますが、言葉に出さない部分は目には見えませんので手品を見ている気分になります。神田橋さんは太極拳や気功を研鑽されたそうですが、「気」が大きな役割を果たしていることだけはわかります。気を通していく。そのために言葉があるようです。

 鹿児島での宿には、神田橋さんから紹介していただいた桜島の国民宿舎「レインボー桜島」を使っています。素泊まり5000円で温泉付きですし、朝食は1000円で和洋バイキングが食べられます。僕にとっての桜島の魅力は、鹿児島港からフェリー(150円、15分)で行けるところです。海と船と火山と島。このフェリーに乗っているあいだに、自然の力でゆったりした気持ちになれます。

 フェリーと言えば、3月の京都行き(3/6〜3/26)の帰りにもフェリーを使ってみました。
 大阪南港17:30→宮崎港8:20、8380円。2等の雑魚寝の客室だったのですが、空きがあったこともあり、きゅうくつではありませんでした。子連れの人が多く、にぎやかな声を聞くとどこか楽しい気になって、ゆっくり眠れました。宮崎からのバスの連絡が悪く、結局お休みどころに帰り着いたのは3時ごろでしたが、ぼんやりするのを厭わなければおすすめできるルートです。

 去年の5月から一年過ごしてきて、お休みどころに花がない、というのが常々聖好さんの嘆きでした。ツバキ、桃、梅、サンシュユ、木蓮、その他たくさんの花々がひしめいている京都の論楽社とは対照的で、なんでこんなに花が植わっていないのかとおもえるほどです。大家さんがかつて林業をしておられたこともあってか、家のすぐ間近まで杉ヒノキですし、花より団子だったのかと想像していました。ところが、意外なことに、春になると花が咲いてきました。カズラにからまれて見えなくなっていたり、朽ち木だとおもっていたものが、花をつけだしたのです。お休みどころの駐車場近辺には大きな白桃の木、小白桃3本、ピンクのカイドウなどがあります。納屋のわきの枯れきっていた梨の木までが花をつけたのにはおどろきました。カズラに巻かれ放題だった梅も、咲きはしませんが若芽が出ているのを見ると希望がもてます。日照時間がどんどん伸び、それにつれて気分が明るくなることに気づきました。(体には急なあたたかさがしんどいのですが)。

 チビは末雄(すえお)さんのところに20日間あずけていたあいだに、肥えてわがままな犬になっていました。じゃれつくようになり、わざと手にかみついたり、足にすがりついて腰をふったりします。犬の自然な遊びのようですが、照れくさい気にもなります。ごはんや遊び、訪ね人にはいそいそと愛想をふるのに、そうでなければシラーッとしている利口さは、捨てられた犬の性格なのかもしれませんが、腹立たしくなることもあります。
        興野康也

 たしかにフェリーの旅路は心地よいものでした。
 揺れに身をまかせ夢うつつ。
 風邪の波も押し寄せてきました。のどがいたいな。
 京都でおしゃべりしすぎたせいでしょう。
 からだのどこかがいたむとき、波をおもいうかべます。
 ひたひたと寄せ来る波。引く波。 
 ましてやここは、船の上。波の上。
 明け方にはなんとか引いておりました。
 風邪の波。
 3/26、タクシーで市房ダムを通りました。千本桜で有名です。八分咲の桜を眺めながら、平谷に戻ってまいりました。
 まわりには桜はありません。近くの山が、ポツ。ポツ。星座のごとく。桜は遠くに眺める花となりました。
 花がない。淋しい、さみしい。グチグチと愚痴っておりましたら、あったのです。カヤだらけの段々畑(棚田)の下の方、白い桃の三分咲。浜辺の貝のような桃の花。開いたり、半ばつぼんだり、固く、柔らかく。潮騒の響き。
 岩倉(京都)にも緋色の桃がありました。大きなウロのある老いた木。これは私の木だ。1987年1月、岩倉に越すのを決めました。冬最中、どうしてこれが桃だとわかったのか。桃は緋色でなければならぬとおもったのか。動かず、天をつくように緋をはなつ桃を、したしくおもいました。
 ゆきゆくと、白い桃もいいもんだ。平凡で、やさしい。
 全体、海のひびき。

 朝、雨戸を繰るとあらわれる白。満ちたころ見にゆくと、動物罠のワイヤーが幹にしっかりとくいこんでおりました。あまりに幹と一体で、いままでは気づかなかったのです。ワイヤーの端は、両方とも、地面に埋もれておりました。いたいたしい。さっそく興野さんを呼びにゆき、ペンチで切ってはずしてもらいました。
 「どうしてそうなるのですか。」神田橋さんの治療を見せていただきながら、尋ねると、「イメージだよ」。「その方が、しっくりくるだろう。」「桜島の溶岩にはさわってみた?いい気が出ているんだ。」と神田橋さん。まだ試してみてません。
 が、桜島を眺めているだけでも、いい気分。
 煙のもくもくとたつ火山から十五夜の泳ぐのを見た日には。4月5日は満月でした。火は悲。桜はいのちの灯色(ひいろ)だったのか。
 私たちはひのうみをわたっているのか。
 自然は言葉の根幹を。
 自らの寄って立つところを教えてくれます。
 そうして、私の貧しい言の葉が舞い踊る。
 神田橋さんはふしぎな人です。1月に、神田橋さんの本を紹介して下さったのが、藤田春子さん。それからしばらくして岡山市で「たけなみクリニック」を開いている武南克子さんも「精神医学を学ぶなら神田橋さんがいいのではないか」とおたよりを下さいました。つい先日、「こばやしクリニック」の小林美也子さんもそう書いてきて下さいました。三人三様のよびかけに、おどろいています。
 また、友人の友人の息子さん(東京在住)が神田橋さんの治療を受けていたりというふうな、網の目つながり。
 「論楽社の講座に来て下さいませんか」とふともらせば、「ボクは苦しむ治療者と話したいんだ。一般向けには、雑誌も新聞も断わっている。」
 「名の知れることは、嫌いなのですね。」というと、しばらくおいて、
 「そういうわけではない。」
 桜島は日に七色、変化するといわれているそうです。人間界の種々相のひは、七色どころではないのでしょう。
 「愛生園の90歳になる友人がこの間自殺したんです。90になって死ぬなんてどういう心持ちかとおもうと……」と中村保子さん。4/6、論楽社の友人、鹿児島市在住の中村さんに会いました。  
 彼女は愛生園の看護学校を出ているのでした。彼女の登場で鹿児島行きも楽しくなりそうです。
      上島聖好
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